第2話:晩餐会と消えた魔導具
ダイニングルームには、重苦しい沈黙が支配していた。
シャンデリアの魔光が、集められた使用人や親族たちの顔色を青白く照らしている。俺は冷めかけたスープを一口すすり、ゆっくりと視線を巡らせた。
「さて、犯人当てを始めようか」
執事のセバスチャンが眉をひそめ、冷ややかな声を上げる。
「ツヨシ様、先ほども申し上げました通り、侯爵様のお部屋は完璧な密室でした。窓の魔法障壁は解かれておらず、扉も内側から鍵がかけられていたのです。あれを『人間の犯行』とするのは、あまりにも無理があるのでは?」
「無理がある? いや、一番無理があるのは『魔法で何でも説明できる』と思い込んでいる君たちの思考回路だ」
俺は立ち上がり、ゆっくりとテーブルを歩き始めた。まるでアガサ・クリスティの作品に出てくるポアロが、容疑者の心理を観察するように。
「密室というのは、犯人が『自分の犯行を隠すため』に作るんじゃない。犯人が『自分以外の人間を犯人にするため』に用意する舞台装置なんだよ」
俺はポケットから、現場で拾った小さな破片を取り出した。
「これは、侯爵が愛用していた魔力増幅器の破片だ。綺麗に砕けているが、よく見てくれ。この断面には、魔法による高温の痕跡がない。魔法の暴走なら、魔力が極限まで高まり、周囲は焼け焦げるはずだ。だが、この破片は綺麗に真っ二つに割れているだけだ」
部屋がざわつく。使用人たちが顔を見合わせ、恐怖よりも困惑が広がっていく。彼らにとって「物理的暴力」は、この世界ではあまりにも原始的で、異質な概念だったのだ。
「誰がそんなことを……!」
叫んだのは、侯爵の甥である青年だった。彼は青ざめ、手が小刻みに震えている。
俺はその青年の前で足を止め、テーブルに置かれたカトラリーを指さした。
「落ち着けよ。犯人は、この部屋の構造を誰よりも熟知している人間だ。密室を作るためには、鍵を内側から閉める必要がある。だが、扉に鍵をかける術式を使えば、術者の魔力が必ず残る。現場にはそれがなかった。つまり、犯人は『魔法を使わずに』鍵をかけたんだ」
俺は歩みを進め、青年の椅子の背に手を置いた。
「君は、部屋の換気口と鍵の間に、魔力を通さない繊維を通したね。この国の貴族なら誰でも持っている、魔法の刺繍用の糸だ。それを結びつけ、廊下から換気口を通して鍵を回した。最後に糸を引けば、糸は部屋の中に回収される。……だが、その糸を通す際、換気口の縁を削ってしまったんだ。その微かな削りカスが、君の袖口についているぞ」
青年の顔から血の気が引いた。彼は反射的に袖口を押さえたが、時すでに遅し。彼は震える声で絞り出した。
「……なぜだ。なぜ、魔法を使わずにそんな真似ができる?」
「俺にとっては、これが普通なんだよ」
俺は肩をすくめた。
「この世界では『魔法』という言葉が、あらゆる思考を遮断する壁になっている。だが、俺はミステリーを愛している。どんなに複雑なトリックでも、その裏には必ず『人間』の心理と、物理的な法則がある。君の犯行は、あまりにもクリスティ的で……そして、あまりにも人間くさい」
青年は椅子を突き飛ばして駆け出したが、俺が事前に廊下に仕込んでおいた椅子に派手に躓き、床に転がった。
「ドジだな。これもミステリーの定番だよ。犯人は最後に焦って自滅する」
静まり返った館に、俺の冷徹な声が響く。召使いたちが、疑心暗鬼の目で青年を取り押さえた。彼らがようやく、「これは魔法のせいではなく、人間の仕業だったのだ」と気づき始めたのが見て取れる。
事件が終わった。だが、俺の探偵としての旅は、まだ始まったばかりだ。
この世界には、魔法という便利な道具に甘えて、論理を置き去りにした事件が山ほどあるはずだ。
夕食の残りのスープを飲み干し、俺は満足して部屋に戻った。
……まてよ、そういえばさっきの青年のポケットから落ちたメモ。あれはただの繊維じゃないな。部屋に戻り、一人で先ほどの証拠品を眺める。
そこには、怪しげな紋章と、王都の裏路地を指す地図が描かれていた。
魔法の都に隠された、巨大な犯罪組織の影。どうやらこの世界は、ただのファンタジーではなさそうだ。
俺はニヤリと笑う。
「最高の推理、始めさせてもらうよ」




