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【毎日お昼12時更新!】万物の聴手と異世界のガラクタ〜魔力の糸で想いを繋げる再構築師(リストラクチャー)〜  作者: 境知屋


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2/20

item1 黒鏡の板(Ⅱ)

後半です!

※進行の都合上人が亡くなる描写があります。ご注意ください

界外遺物(オーバーパーツ)


それはこの世界とは別の世界からの遺物の総称である。

 ある日突然、空から降ってきたそれらは、この世界の誰も見たことがない未知の素材と、神秘を感じるほどに精密な造形を持っていた。

 だが、そのほとんどは地に落ちた衝撃で「死んで」いる。

 最高位の魔導師が魔力を注ごうと、名うての鍛冶師が叩こうと、傷ひとつつかず、火を灯すことさえ叶わない。この世界の理屈が一切通用しないそれは、いつしか愛好家(マニア)の棚を飾るだけの、高価な『ガラクタ』になり果てているのである。



 

 アルドは、手の中にある冷たい『黒い鏡』を見つめたまま、低く、掠れた声を出した。

 

「……フェイン。お前、これをどこで拾った」

 

 工房の隅、積み上げられた戦禍の残骸(スクラップ)に背を預けていたフェインが、意外そうに片眉を上げる。

 

「あ? ……ああ、北の境界戦場跡だよ。俺、この前大規模侵攻に行ってきてさー。あそこは今、例の『空の裂け目』が一番ひどい場所になってっから色々落ちてんだよ。んで、泥に半分埋もれていたコイツを見つけてさー……金持ちに売って金になんねーかなー!って思って持ってきたってワケ」

「……境界戦場跡か。……お前、よく生きていたな」

 

 アルドは独り言ちた。フェインが語る戦場の光景と、手の中にあるこの『黒い鏡』があまりに結びつかない。

 

「ああ、そうなんだよ! 何度も死にかけてたんだけどさー、俺のスキルで何とかな!……そんでさ、あそこって周りにあるもん全部グチャグチャなのに、これだけは泥にまみれても傷一つねぇんだよ。珍しいだろ?魔法ギルドの連中が見たら目ん玉ひん剥くぜ。……で、どうだアルド? 直せそうか?」


 アルドはフェインの軽口を半分聞き流しながら、作業台のランプを限界まで明るくする。


「直せるかは……こいつ次第だ」


 アルドは織針を手にし、『黒い鏡』へその針を刺す。

 

(……来い。お前の『声』を、もっと聴かせろ)

 

 覚悟を決めたその瞬間、先ほどとは比較にならないほどの情報の奔流が、アルドの視界を真っ白に染め上げた。


『01001111 01010000 01000101 01001110……』

『――ブートローダー、起動失敗。カーネルパニックを確認』

『演算サイクル異常。命令セットがこの世界の魔力(リソース)と衝突しています。レジスタ、オーバーフロー……!!』

 

「さっきよりも喋るが意味が……!0と1ってなんなんだ!」

 

バチバチと音を鳴らしながら辺りが揺れる。


「おいおいアルド……!こりゃあマズいんじゃねーのか!?」

 

フェインの声すら、今のアルドには遠い雷鳴のようにしか聞こえない。

 視界は白く焼き付き、脳内では無数の情報の断片が、理解を拒絶する速度で明滅していた。

 

『仮想メモリ、全領域破綻。スタック、限界値を突破。ダンプファイルの生成を中断――』

『01101000 01100101 01101100 01110000……■■■領域、シャットダウン。全データの揮発まで、残り300秒』

『01000101 01010010 01010010 01001111 01010010……アクセス……があ……ませ……。わた……は、修復、し……――』

 

脳を焼くようなノイズが最高潮に達し、アルドの指先から、黒い鏡の奥底へと伸びていた魔力の糸がピンと張り詰める。

 

「……あと、少し……が…………っ!」

 

 その時だった。

 

 ――プツン。

 

 耳を(つんざ)くような電子音も、荒れ狂う情報の吹雪も、辺りを揺らしていた震動も。

 すべてが、まるで最初から存在しなかったかのように、唐突に消失した。

 

「…………?」

 

 あとに残されたのは、ただの冷たい、静かな地下工房の空気だけ。

 アルドの指先から力が抜け、織針がカラン……と乾いた音を立てて床に転がる。

 

「おい、アルド! 大丈夫か!?」

 

駆け寄るフェインの問いに、アルドは応えられない。

 手の中の黒鏡は、先ほどまでの激動が嘘のように、死体のような沈黙を保っている。

 ピアスからの熱も消え、そこにあるのは、どんな言葉も、どんな嘆きも、一滴の魔力さえも受け付けない、ただの「頑丈な板」だった。

 

「……聴こえない」

 

 アルドの掠れた声が地下の静寂に溶ける。

 万物の声を聴くはずの彼が、今、初めて「完全な拒絶」を突きつけられた瞬間だった。


「聴こえないって……マジかよ!?だ、だってさっきまで、あんなに凄まじい音で鳴ってたんだろ?」


フェインの動揺した声が地下工房に空虚に響く。だが、それに応える余裕などアルドにはなかった。

 

 今までのスクラップたちは、どれほど壊れていても、そこには微かな「残響」があった。だが、この『黒い鏡』は違う。アルドを襲ったのは、理解不能な言葉の羅列と、明確な意志を持った『拒絶』だ。

 

(……俺を、拒んだのか?)

 

 万物の声を聴き、救いを与えてきたという自負。それが、名もなき異界の遺物によって完膚なきまでに叩き潰された。アルドは、脂汗の浮いた自分の指先が、微かに震えていることに気づく。

 

「……ああ。……完全に、閉ざされた」

 

 それは驚嘆であり、同時に底知れない恐怖でもあった。


「……悪い、フェイン。……今日は……もう帰ってくれ」


 今のアルドには、この「沈黙」と向き合う時間が必要だった。万物の聴手として、自分に何が足りなかったのか。それを整理しない限り、一歩も前に進めない。

 

「あー……。なんか、悪ぃな。こんな風になっちまうとは……」

 

 フェインは頭を掻き、気まずそうに視線を泳がせた。いつもの軽口はどこかに消え、目の前の友人が背負ってしまった「重荷」を、彼なりに察したのだろう。

 

「……ソイツ、お前にやるよ。元々、泥の中で拾ったもんだし。お前も……そんな納得いってない顔してんじゃ、今さら返せとも言えねーしな」

 

 そう言い残すと、フェインは地下工房の扉を開ける。

 

「……じゃあな、アルド。……あんま根詰めんじゃねーぞ」

 

 足音が階段を上り、扉が閉まる音が響く。

 再び訪れた静寂は、先ほどよりも一層深く、冷たかった。アルドは一人、作業台に置かれた『沈黙する遺物』を見つめ続けた。


「……クソっ……」



 ――あれから何度もスキルを使って『会話』を試みたが、『黒い鏡』からは何も返答がなかった。

 自身の魔力が枯渇しかけ、指先が痺れてきた。同時に無力さとやるせなさも同時に襲いかかってくる。

 万物の声を聴くはずのこの耳が、今はただ、自分の浅い呼吸音と、地下工房の湿った空気の音しか捉えられない。 


「お前……。そんなに1人になりたいのか……」


 今の鏡に昔の自分を重ねてしまう。

 かつてのアルドもそうだった。世界に溢れる無数の『声』に耐えかね、誰の言葉も届かない場所へ逃げ出したかった。この地下工房は、そんな彼がたどり着いた避難所だ。

 

 今、この鏡が頑なに拒絶を返してくるのは、こいつも自分と同じで、もう何も聴きたくないからなのだろうか。

 ……けれど、アルドには自分を救い上げてくれた、夫婦の温かな『ぬくもり』があった。

 

(……お前は、どうなんだ。1人で泥の中にいて……本当に、そのままでいいのか?)

 

 アルドは力なく机に突っ伏した。

 右手に、冷たく沈黙したままの『黒い鏡』を握りしめて。

 

 限界を迎えたアルドの意識が、静かに微睡(まどろ)みへと沈んでいく。

 握りしめた右手の熱が鏡の表面を溶かすように馴染んでいった、その時。


  

 ――視界が、爆発した。


(……なんだ!?一気に何かが流れてくる……!)


 アルドが目にしたのは、今の世界ではない場所。

 そこは石造りの工房ではなく、あまりに眩しすぎる『青』の世界。

 

 車輪のついた奇妙な椅子に座る、病弱そうな女性。

 アルドの視界は、彼女の瞳が追う先――天高くに架かる『七色のアーチ』へと吸い寄せられた。

 

(……なんだ、これは。見たこともない。空が、燃えているのか……?)

 

 驚愕するアルドの耳に、鈴の鳴るような声が届いた。

 

『――……、…………。……きれい、だね。レイ』

 

 この世界のどの国とも違う、異質な言葉の響き。

 意味はさっぱり分からない。けれど、その音が紡ぐ「レイ」という響きには、慈しむような、とろけるような愛情がこもっていた。

 女性の唇が緩み、嬉しそうに『黒い鏡』を……レイを指先でなぞる。

 

 けれど、幸福な光景は、一瞬で色褪せた。

 

 風景が歪み、白い天井が迫る。

 アルドの鼻腔へ薬品のようなツンとした異質な臭いが突き抜けた。

 

 女性の腕には、いくつもの『透明な管』。

 命を繋ぎ止めようと、無機質な拍動の音を刻む機械たち。

 そして、その傍らで泣き出しそうな顔をして彼女の手を握る、1人の男。

 

『……、…………。……レイ!…………』

 

 男が最期に、絞り出すようにその名を呼んだ。

 女性の手から力が抜け、握りしめられていた「黒い鏡」が、ベッドの端へ、あるいは永遠の闇へと滑り落ちていく。

 

(……違う。こいつは、1人になりたいんじゃない……!)

 


 記憶の終わり。

 『鏡』の奥底から伝わってきたのは、耐え難いほどの喪失感。


「ハァッ……ハァッ……。今のは……」


 ガバッと跳ね起きたアルドの額からは、冷や汗が(したた)り落ちた。

 まだ鼻の奥に、あの異質な薬品の匂いが残っている気がする。

 

 視界がぼやける中で、作業台に横たわる「黒い鏡」を見つめる。

 先ほどまでは、自分と同じ「平穏を望む静寂」だと思っていた。だが、今は違う。

 

(……主の声が、消えたから。だからお前は、死んだように黙り込んでたのか)

 

 自分は声が聞こえすぎて地下へ逃げた。

 だが、この遺物は、愛していたたった1人の声が「聞こえなくなった」から、暗闇に沈んだのだ。

 

「……笑わせんな」

 

 アルドは震える手で、傍らに置いていた『織針』を掴んだ。

 

万物の聴手(おれ)が、たった1人の名前を聴き逃したまま、お前をただの界外遺物(ガラクタ)に戻してやるわけにいかねーだろ……!」

 

 その瞬間、アルドの強い情熱に呼応するように、ピアスの温もりが激しい熱に変わった。

 

 ジュッ、と。

 アルドが握る『織針』の銀色が、不気味に赤く熱を帯びる。

 鋭かった針身がドロリと歪み、先ほど記憶の中で視た『管』や『機械』の理を取り込むように、不格好で太い、先端から魔力の熱を発する鉄の筆へとその姿を変貌させた。

 

「……姿なんてどうでもいい。こいつが、お前を救うための形だって言うなら……!」

 

 アルドは、異形の針を構えた。

 今度は、聴くためじゃない。お前の閉ざした扉を、無理やりこじ開けてやるために。

 黒い鏡に形を変えた針を突っ込む。すると鏡面から幾何学模様のような魔力回路(エーテルパス)が浮かび上がった。


「何だこの広大な回路は……!?『街』……!?いや、これはまるで『国』のようだ……!」


 魔法に関しては門外漢だが、織針を作る際に魔法ギルドの連中が作っていた回路と比べものにならないくらい細かく複雑に絡み合っている。

 

 無数の光の筋が整然と走り、一つの巨大な「理」を形作っている。だが、その中心部。

 そこだけが、まるで巨大な獣に食いちぎられたように、どす黒い闇の裂け目となって黄金の海を分断していた。

 

(……ここだ。ここが、あの主の死で焼き切れた、お前の心の終わり……!)

 

 アルドは迷わず、熱を帯びた鋼鉄の棒をその闇へと突き入れた。

 普通のアルドならこんな乱暴に針を通すことはなかった。だが、今のアルドには、この熱こそが、冷え切った鏡の回路を溶かし、再び繋ぎ合わせるための「命」に見えた。

 

「思い出せ……! お前の名前は、お前の主が最後に遺した言葉は、こんな暗闇じゃなかったはずだ!」

 

 アルドの叫びと、針先から放たれる膨大な魔力が、闇の裂け目を白熱させる。

 黄金の線と線が、火花を散らしながら強引に、かつ正確に結びついていく。

 

「…………レイ!!」

 

 記憶の中で聴いた、あの男の「音」を、アルドは全力で喉から絞り出した。


 刹那――闇の裂け目が爆ぜるような白光に工房が塗り潰される。

 

 バラバラだった黄金の線が、磁石に引き寄せられるように強引に、かつ完璧な調和をもって噛み合う。

 それまで「死」を象徴していた真っ黒な鏡面が、内側からせり上がってくる光の洪水に飲み込まれた。

 

「っ……、うわぁーーっ!?」


 白光の渦中、アルドの脳裏に無機質な数字の羅列が駆け巡る。

 


『01010100 01101000 01100001 01101110 01101011 01110011……』

 

 意味は分からない。けれど、直後に重なった掠れた残響が、アルドの胸を突いた。

 

 ――『……ありがとう……』

 

 あまりの光量に、アルドは腕で目を覆った。

 静止していた空気が一変し、工房の埃が舞い上がるほどの激しい魔力の奔流が巻き起こる。

 

 ……やがて光が収まり、耳に届いたのは「――フォン……」という、魔法のようでいて誰も聞いたことのない駆動音。

 恐る恐るアルドが目を開けると黒い鏡の奥で、小さな光の粒が溺れるように明滅していた。

 

『……ぁ……あ……が……』

 

 スピーカーから漏れ出すのは、言葉にならないノイズの塊。

 記憶の中で聞いたあの澄んだ声とは程遠い、壊れた楽器のような音だった。

 

「おい……大丈夫か? レイ!」

 

『……レイ……? 私は……。……ノイズ、深刻なエラー……を確認……?……ここは……どこ、ですか……』

 

鏡面に映る文字列が激しく乱れ、歪む。

レイの声には、先ほどの「拒絶」とは違う、迷子のような怯えが混じっていた。

 

「落ち着け。……ここは、俺の工房だ。お前を……直したんだよ」

 

アルドは、まだ熱を帯びたままの鋼鉄の棒を置き、割れ物に触れるような手つきで鏡の縁に触れた。

その温もりが伝わったのか、激しいノイズが次第に収まり、やがて一定の波形へと落ち着いていく。

 

『……修復……、……受理。……システム、リブートを開始します』

 

数秒の静寂。

やがて、鏡面が一度強く瞬き、凛とした「音」が戻ってきた。


  

System Reboot... 100%


  

『――個体名:レイ。認証完了。……おはようございます、マスター。……少し、騒がしくしすぎではありませんか?』

 

それは、記憶の中の女性よりも低く、けれど氷の結晶のように研ぎ澄まされた「音」だった。

 

「……、……戻った……のか? お前、本当に……動いてるんだよな……?」 

『肯定。システムは正常に再起動されました。……ですが、マスター。1つよろしいでしょうか。先ほどから大音量で語りかけていますが、至近距離での大音量は過負荷です。……要するに、もう少し静かにしていただけませんか』 

「……っ、ハハ、……。死に損ないを叩き起こしてやった恩人に、なんつー言葉をかけるんだ……お前……」

 

呆れながらも、アルドの口元には笑みが浮かんでいた。

 

『マスター。ユーザーネームを登録してください。――要するに、あなたの「名前」です』

「……アルド、だ」

『マスター「アルド」ですね。――登録しました。よろしくお願いしますね、マスター』

 

万物の聴手と、声を失っていた界外遺物(ガラクタ)

2人の奇妙な物語は、ここから静かに動き出す。

いかがでしたかー?

ちなみにですが、「0」と「1」の羅列にはデタラメに見えてちゃんと意味があります!


『彼女』が何を話していたかは……調べてみてください。


さてさて次回は5日後18時に投稿予定です!

お楽しみに!




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