item3 不動の二輪(Ⅴ)
続きです。
※後半人が亡くなる描写があります。大分ぼかして書きましたがかなり辛い展開です。苦手な方はご注意ください。
アルドは自身のスキルを発動し、『二輪』に手を当てた。
「お前の『声』を聴かせてくれ――」
アルドが若草色の取っ手にそっと手を添える。だがその瞬間、指先にパチリと火花が散るような衝撃が走り、拒絶に弾き飛ばされた。
『触らないで……。もう、誰にも乗ってほしくない……。私を、独りにして……』
「……っ」
「おっとアルド、振られちまったか? 今なんて言ってんだ、ソイツ」
結界の端で周囲を警戒していたフェインが、肩をすくめて問いかける。アルドに代わって、レイが淡々とした声で状況を共有した。
『こちらの界外遺物は声のトーン及び口調から女性体と思われます。彼女は「触れられたくない」と、強い拒絶の意志を示しています』
「へぇ、頑固なもんだ。……いいかアルド。オレがアドバイスしてやる。女の子ってのはな、そうやって拒絶される時ほど、まずは相手の話を聞いて優しく包み込んで――」
『マスター、フェインによる「ナンパの極意」は、対象が機械知性である場合、論理的に効果が薄く、即座に却下されるものと推測します』
「おいレイちゃん! 俺の経験則を全否定すんのやめてくんない!?」
そんな軽口を背中で聞きながら、アルドは自身の右手をじっと見つめ、それから腰の工具袋へ手を伸ばした。
「……悪ぃなフェイン。俺はあいにく、優しく口説くような柄じゃねぇ」
アルドが機織蜘蛛の織針をホルダーから引き抜いた。逆手に握り直し、火花を散らす二輪の接合部へと迷いなくその先端を突き立てる。
「嫌だって言われてもな……。理由なく拒否されちゃわかんねぇんだよ……!」
ガチリッ! と金属同士が噛み合う高い音が響く。
刹那、織針を通じて封印されていた「二輪の悲鳴」が、アルドの意識へと直接なだれ込んだ。
(これが……!これが『お前』の記憶……!)
――最初に触れたのは、意外なほど温かな記憶だった。
(……なんだ、これ。……暖かいな)
昼下がりの柔らかな日差し。
二輪の視界に映るのは、穏やかに微笑む若い女性だ。彼女は丁寧に車体を拭き上げ、頭を守るために兜のようなモノを被り、まるで恋人か友人に語りかけるように鼻歌を歌いながら、ゆっくりと、大切に風を切って走る。
『……いい風ね』
その声に、二輪もまた誇らしげに車体を鳴らしていた。
アルドはその「愛されている道具」の幸福感に、知らず知らずのうちに安堵の溜息をつく。
(なんだ……こんなに楽しそうじゃねぇか。これなら、すぐにでも――)
――だが、その希望は、濁った「酒の匂い」によって一瞬で塗り潰される。
――暗転。
次の瞬間、アルドの五感を襲ったのは、乱暴に取っ手を掴み足蹴にするように乗り込んできた、別の主人の記憶。
『あ、あああ……っ! 痛い……やめて……!』
夜の闇の中。ギラギラと不自然に光る建物の群れを、男は酒の瓶を片手に、兜も身に着けず無理やり速度を上げて疾走する。
二輪の悲鳴は男の笑い声にかき消され、制御を失った車体は夜の淵へと突き進む。
(おい、やめろ……! 止まれ……! なんで止まらねぇんだ……ッ!?)
アルドの焦燥をあざ笑うように、男はさらに速度を上げた。
そして――
『お願い……! 止まって……!』
『どうして……!』
曲がり角から躍り出た巨大な「鉄の塊」。
直後、骨が砕ける音と、金属がひしゃげる不快な音が重なり、衝撃がアルドの意識を突き抜ける。
『あぁ……ああああぁっ!……いやぁぁあーー!!』
「ぐっ……!!あ゙っ……がぁぁぁあ゙っ!」
主人の体は、まるで重みのない荷物のようにふわりと浮き上がり、鉄の塊に激突して別の方向へと弾け飛んだ。
ガリガリと地面を削り、火花を撒き散らしながら転がっていく自分の体。
自慢だった若草色の塗装は無残に剥がれ、前輪はあらぬ方向を向いて折れ曲がっている。
暗い路上。静まり返った空気の中で、ちぎれた配線がパチパチと虚しく火花を上げる。
力なく転がる主人の指先から流れる赤い滴りは、持っていた酒と混じり合い、黒き地面の隙間を不快な匂いとともに赤黒く染めていった――
いかがでしたか?
不動の二輪はいわゆる「電動キックボード」です。ループってやつです。
『彼女』はどのように救われるのでしょうか。
明日もお楽しみに!




