item2 虚空の額縁(Ⅷ)
続きです。
「ハァッ……ハァッ……。クソッ……!何なんだよ……ッ!あの記憶は……!」
アルドが膝をつき、絞り出すように呟いたその時。脳裏に、レイのいつもより静かな声が響いた。
『……マスター。現在の心拍数、および万物の聴手で聞こえてきた声を元に、あの『額縁』がなぜノイズを発していたのかを推測しました』
「……言ってみろ」
『「大好きだった人たちに見守られ、ただそこに居たかった」。その単純な目的を遂行していたはずの自分が、なぜ袋に詰められ、刃で砕かれたのか。……この世界に来て、初めは新たな土地で希望を抱いていましたが、実験のためのマホウやマスターの織針の刺激が刃で砕かれた時の記憶を呼び起こし、傷つきたくないと考えノイズを発したと推測します』
「……つまり、我々の魔法が……界外遺物を傷つけていた……と」
ルビィは項垂れていた。自らの知的好奇心が、守るべき対象を追い詰めていたという事実に、震える拳を握りしめている。
そんな彼女の横で、アルドは脂汗を拭いながら、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……だったら、あんな痛い思いはもうさせねぇよ」
アルドは自分の右手をじっと見つめる。脳裏にはまだ、あのバラバラに砕かれる疑似的な激痛が、癪に障るほど鮮明に残っている。
「……俺の道具が、あいつを壊した連中の『刃物』と同じだと思われたままなのは、寝覚めが悪ぃからな……!」
アルドが吐き捨てるように呟いた、その時だった。
右手の織針が、彼の内側から溢れ出した「職人の意地」に応えるように、ドロリと白熱して形を歪ませた。
「な……っ!? この感覚……レイを直した時と同じ……!」
手のひらに伝わる、あの時と同じ魂が震えるような熱。
針先は見る間に溶け落ち、代わりに現れたのは、歪みを締め直すための平たい先端の針。
「形は元の織針に近ぇが……何だこの針は。おい、レイ。コイツはどうなっている。突き刺すにしても先が平べったすぎて入りゃしねぇ」
『マスター。それは「突く」ものではありません。それはドライバー……いえ、こちらの言葉で言うなら『楔を止めるための針ですね』
「楔……?」
『肯定。この針は対象の溝に楔の先端を嵌め、回して締めたり、あるいは緩めることで楔を正しい位置に直すことに特化した道具です。マスター、「額縁」の背後、四隅に魔力回路と呼ばれているものの起点となる楔が隠されているはずです。まずはそれを確認してください』
「四隅、だと……?……これか」
アルドは巨大な額縁の裏側に回り込み、筐体の角を指先でなぞった。指先に触れたのは、平たい針の先端がちょうど嵌まりそうな一文字の溝。
「ルビィ、回路を展開しろ。俺はこいつを回すことに集中する」
アルドの言葉に、ルビィは魔力回路を展開する。
「おお……!成る程……四隅の楔が、この『額縁』の魔力回路を固定する要……!ですが、楔の向きがバラバラで、回路がぐしゃぐしゃに絡まっている……!これではあの不快な音が出るはずですな……」
ルビィの指し示す先。空中に浮かぶ光の糸は、節々で結び目を作り、不気味に脈打っている。
「しかも絡まっているから正しく魔力が流れず中で膨張している……。アルド氏、巨大化の原因も解明しましたぞ! 逃げ場を失った魔力が、無理やり外装を押し広げているんです!」
「……つまり、この楔を正しく締めりゃ、このデカブツも大人しくなるってわけだ」
アルドは右手の変形した織針を、最初の楔へと差し込んだ。カチリ、と溝が噛み合う。
「……悪いな。今度は『刃』じゃねぇ。お前の芯を、カチリと言わせてやるよ」
アルドは目を閉じ、指先の神経をすべて針の先に集中させた。
「左上、90度右へ! ……はい、そこで固定! 次は右下、パスが逆流しています、少しずつ緩めて!」
ルビィの指示に合わせ、慎重に針を捻る。一箇所を締めるたび、膨れ上がっていた魔力の塊が、微かな音を立てて一本の細いパスへと削ぎ落とされていく。
「……っ、これで、最後だ!」
アルドは最後の一つ、右下の楔を深く、慎重に捻り込んだ。
再構築パートです。
おまたせしてすまなんだ。
次回でitem2最終話です。




