item1 黒鏡の板
本日から「春のチャレンジ」向けに単発シリーズを投稿します!
ぶっきらぼうな武器職人のお話です。
はじめに、4つの大陸があった。
北の大陸が魔王に侵攻されてから100年。種族の垣根を越えた80年にも及ぶ抗戦は、今なお続いている。
その戦火が残したものは、栄光ではなく、呪いと熱で変質し、本来の姿を失った鉄の塊――通称戦禍の残骸の山だった。
――そして、現在。
4大陸の結節点、通称『大陸のヘソ』と呼ばれる冒険者の街は、魔王討伐の熱気で膨れ上がっていた。
誰もが剣を取り、魔法を研鑽し、栄誉を求めてダンジョンへ挑む。そんな地上の喧騒を、他人事のように聞き流しながら路地裏の階段を下りる男がいる。
彼の名はアルド。
人付き合いを嫌い、地下に工房を構える無骨な職人だ。
カーン……カーン……
石造りの壁に反響した鉄塊の『声』は、何だか嬉しそうに鳴り響き、鎚を振り降ろす度に淡白く光るランプが揺れる。
誰もが魔王を倒す英雄を夢見る中、アルドだけは残骸の悲鳴に耳を傾けていた。
アルドは鎚を降ろし、手袋を丁寧に脱ぐ。そして、機織蜘蛛の織針を手に取った。
「……そうだな。今から少し痛むかもしれん。我慢できるか?」
彼は今まで打っていた棒状の鉄塊に優しく話しかけた。端から見れば彼はおかしい独り言を呟いているのかもしれない。
だが、これこそがアルドだけが持っているスキルなのである。
この世界では一人に1つ必ずスキルを所持している。
それは魔法とは別の個々に与えられた天啓。
心が視える、体中がバネのようになる、重力を無視して動ける、などその能力は種族と同じく多岐にわたる。
アルドのスキルは「万物の聴手」と呼ばれるものだ。
効果は、
『物に触れると本人の意志とは関係なくその物の声が聞こえる』
この能力は他に所有しているものがおらず、所謂ユニークスキルに属されている。
しかし、能力に目覚めてからの彼はその力に悩まされていた。
制御不能な情報の濁流から逃れるように、陽のあたらない場所へ居を移し、ただ物とだけ語り合う日々。周囲からは「物に向かって話す変人」と疎まれ、アルド自身も己の運命を呪っていた。
――そんな彼を救い出したのが、ある夫婦だ。
卓越した鍛冶技術を持った手工業ギルドに籍を置くドワーフの男と、魔法ギルドに籍を置く高名な魔女の妻。
夫婦はアルドの境遇に共感し、彼のスキルを中和するルーンが刻まれた特注のピアスをくれたのだ。
かつて、アルドは夫婦に尋ねたことがある。なぜ、見ず知らずの自分にこれほどまでしてくれるのか、と。
ドワーフの男は照れくさそうに鼻をすり、魔女の妻は慈しむような微笑みを浮かべてこう答えた。
『俺たちも、お互いの愛を貫いて結婚しただけで、周りからは「変人同士」だと揶揄されたものさ。逃げるように地下へ移り住んだあの頃の自分たちと、あんたの目が重なっちまってね。……放っておけるはずがないだろう?』
その言葉と共に授けられたピアスが、アルドの世界を情報の濁流から救い出し、彼を「職人」へと変えたのだ。
「……さて、始めるか」
アルドはピアスの縁を指先でなぞり、そこに刻まれたルーンに魔力を通す。
不意に、周囲の雑音がすうっと遠のき、目の前の鉄塊の奥底から響く「震え」だけが純度を増していく。
「……ああ、そこか。そんなにひどい傷なら、泣くのも無理はない」
彼は針を構えた。
魔法ギルドとの共同開発――あの夫婦との縁があったからこそ生まれた、再生のための道具。
針先から透き通った魔力の糸が伸び、鉄の傷口を縫うように、滑らかに吸い込まれていった。
糸が吸い込まれた場所は段々と本来の姿と輝きを取り戻していく。
「……よし。もう少しだ」
縫い終えたただの鉄塊は白金のような輝きを放つ1つの大剣に変わったのだ。
アルドは熱を帯びた大剣の刃を、柔らかい布で丁寧に拭い上げた。
満足げな静寂が工房を満たす。
彼はピアスを再度弄り、耳に届く情報を通常モードへと戻した。
「……さて、これならあの強欲なオババも少しは財布の紐を緩めるだろう」
アルドは使い込まれた革の鞘に大剣を収め、それを背負って、ゆっくりと地下工房の重い扉に手をかけた。
2週間振りの地上は一段と賑わっており、前回は見かけなかった露天商も何店か見つけた。
体躯と剣から冒険者と思われているのだろう。一緒にダンジョンへ行かないかと数名の冒険者から声をかけられる。
(武器を作ったらいつもこうだな……。次からはフェインを遣わせようか……)
なんてことを考えている内にオババの店に到着した。
「ふん……。2週間も地下に潜りっぱなしで、てっきり腐っちまったかと思ったよ、モグラ男」
店の奥から響いたのは、枯れ木をこするようなしゃがれ声。店主のオババだ。キセルをふかし、細められた眼光は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
「予定より早いじゃないか。……それで? 例の鉄塊はどうなったんだい?」
「……これだ」
アルドは慣れた手つきで鞘から剣を抜く。
「……ほぅ。見事なもんだねぇ。あの鉄塊がここまでの代物だったとは……。だが、見てくれだけよくてもいけないよ。アタシの『鑑定眼』は誤魔化せないからねぇ」
オババが自身のスキルを発動させる。
名称:白金の大鷲【プラチナムイーグル】
現在の推定市場価値:金貨300枚
構成精度:99%
特殊効果:魔力伝導率(極)
オババの眼には彼女にしか見えない数字や情報が刻一刻と刻まれていった。
「……チッ。見なきゃよかったねぇ。これじゃあアンタの取り分のほうが多くなっちまうよ。……だが、なんの価値もないコイツに価値を与えたのは紛れもなくアンタだ。その技術とスキルはアタシの商会だけに使っておくれよ?」
ヒャッヒャッヒャッとオババは笑いながらキセルを燻らし報酬金を差し出した。
アルドは表情を崩さず金貨が詰まった袋を握りしめて店を出る。
(……これだけあれば、またスクラップが買えるな)
アルドは頬を少し緩ませながら荷車を借り、目当ての店であるジャンク屋にやってきた。
ジャンク屋とは名ばかりで冒険者の間では武器の墓場なんて呼ばれている。……つまり戦禍の残骸が「ゴミ」のように放置されているのだ。
「……あそこからあそこまで、全部だ」
呆気にとられる店主の前に金貨を積み、アルドは荷車へ「ゴミ」を山積みにした。
金貨の袋は軽くなったが、代わりに彼の心は、運び込んだ鉄たちの微かな呼吸で満たされていく。
ガタゴトと揺れる荷車の振動がアルドにとっては心地よかった。
買ってきた「お宝」を慎重に落とさないようにしながら階段を降り、ようやく自分の城へ帰ってきた。
「……さて、どいつと話そうか……」
パンを千切り、それを珈琲で流し込む遅めの昼食を摂りながら今後のことを考えていると、
バァーーン!
静寂を切り開く木製の扉が開いた音。普段静かな地下でそんな音を鳴らす奴をアルドは1人覚えがある。
「……フェインか」
「おいおい、つれねぇなぁアルド。お前、『墓場』で大量のゴミ買ったんだってな!」
アルドとは真逆のこの男はフェインと言う。普段は食い詰めた冒険者として日銭を稼いでいるが、自身のスキルを活かしある時は情報屋、ある時は迷宮荒らし、ある時は暗殺者……と生きるためなら何でもする男だ。
アルドがかつて「物と喋る変人」と忌み嫌われていた頃からの、腐れ縁の悪友である。
「……用が無いなら帰れ」
「用はあるんだよなーこれが!」
フェインはフッフッフ……と笑いながらカウンターに1枚の黒い鏡のような板を置いた。
「これがオレの用だぜ、アルド」
「……界外遺物か」
アルドは、その闇を孕んだ『黒い鏡』を指先でなぞり、低く呟いた。
指先が鏡に触れた瞬間、左耳のピアスが焼けるような熱を帯び、脳内に未知の「音」が突き刺さる。鉄たちの嘆きとは一線を画す、冷徹で暴力的なまでの情報の奔流。
「っ……!」
アルドは内側から溢れ出す脂汗を抑え、職人の目でその「遺物」を睨みつけた。
「……珍しいものを持ってきたな、フェイン」
『界外遺物』とは一体なんぞや……!?
その答えは後半で!
並行して拙作「氷の令嬢は超がつくほどお人好し」も良かったらよろしくお願いいたします!




