氷の海、赤の復讐
星舟《アルビレオ号》は、第二の経由地、極寒の氷雪地帯へと突入していた。 窓の外は、吹き荒れる猛吹雪と、どこまでも続く真っ白な氷の海。 第8話で負傷し、地上へ送還された星月のことが、キマリアの心に重くのしかかっていた。
「……星月さん、大丈夫かな。あんなに無理させて……」
キマリアが展望室で沈んでいると、新しく仲間に加わった結月が、温かいココアを持って隣に座った。 「あの不器用な騎士様のこと? 彼女、転送される直前にオレに言ったわ。『あの子の足が止まったら、後ろから蹴り飛ばしてでも前へ進ませろ』って」
結月の言葉に、キマリアは少しだけ口角を上げた。 「……星月さんらしい」
だが、安らぎは長くは続かなかった。 突如、船体が激しい衝撃に見舞われる。氷の海から現れたのは、アドニムーン機関が送り込んだ氷結魔導兵装。赤い魔導の光を放つその機体は、船の魔導エンジンを凍結させようと執拗に攻撃を仕掛けてきた。
「エンジン出力低下! このままじゃ氷の海に墜落するわ!」 ソラの悲鳴が響く。
一方、地上のピッコロッソ。 治療用の魔導カプセルの中で眠る星月の傍らで、葉月と神月が必死にモニターを解析していた。 「……敵のアルゴリズムが見えたわ。でも、ここからじゃ介入できない。現地で物理的に回路を繋ぎ直すしかないわ」
神月の言葉に、葉月が静かに立ち上がる。 「……星月の代わりに、オレが行くわ。神月、ピッコロッソの魔導炉を全開放して。……星月が命を懸けて守った光を、ここで絶やさせるわけにはいかない」
空の上では、キマリアたちが極寒の甲板へ飛び出していた。 「私たちが時間を稼ぐ! ソラはエンジンの復旧を!」 キマリアは、星月から預かった魔導銃のパーツを、自分の魔導杖に組み込んだ。それは単なるパーツではなく、星月の魔力パターンを記憶した「増幅器」だった。
「お願い……星月さんの力、貸して!」
キマリアが杖を振るうと、青い炎のような魔力が吹き荒れる吹雪を切り裂いた。 星月の鋭さと、キマリアの真っ直ぐな意志が混ざり合った一撃が、敵の氷壁を砕く。
その瞬間、地上の葉月から送信された超長距離支援魔弾が、天を割って降り注いだ。 「──《アズール・フェニックス》、行け!」
葉月の放った光の鳥が敵機を包み込み、凍りついたエンジンに熱を吹き込む。 「……今よ、フルスロットル!」
ソラがレバーを叩き、アルビレオ号は再び浮力を取り戻した。氷の海を抜け、雲海の上へと突き抜ける。そこには、息を呑むほど美しい、凍てつく星空が広がっていた。
「……勝ったんだ。私たち」 キマリアは雪の付いた手袋を見つめ、空の上で確かな手応えを感じていた。 守られるだけじゃない。自分たちもまた、戦う力を持ち始めている。
その夜、地上のピッコロッソ。 目を覚ました星月は、モニター越しに安堵の表情を浮かべる葉月と、空の果てを飛ぶ船影を見て、短く呟いた。
「……馬鹿な連中だ。だが、悪くない」
地上の喫茶店に流れる静かな音楽。 空の極寒を越え、彼女たちの旅はさらに深淵へと向かっていく。
次章『友情の価値、裏切りの杯』 ついに船内に潜む「裏切り者」の影が、キマリアたちを襲う。




