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空酔いと、魔法のスープ

アルビレオ号がフィレンツェの雲を抜けて数日。 船内には、幻想的な星界の景色とは裏腹に、どんよりとした空気が漂っていた。


「……うう、もうダメ。世界が回ってる……」 キマリアはハンモックに揺られながら、青い顔で呻いていた。高度による魔力の薄さと、慣れない船の揺れ――いわゆる「空酔い」が、彼女たちを襲っていたのだ。


ソラも計器を見つめながらフラフラとしている。「計算上は……あと数日で気圧に慣れるはずだけど……その前に胃袋が限界よ……」


一方、地上のピッコロッソ。 「あーあ、あの子たちの生命維持反応バイタルがガタガタだわ」 神月がモニターを眺めながら溜息をつく。 星月は心配そうに銃の手入れを止め、葉月を見た。 「何か、あの子たちに送れるものはないのか。魔導通信でレシピだけでも……」


葉月は優しく微笑み、棚から古びたスパイスの瓶を取り出した。 「魔法で体調を治すのは簡単。でも、それじゃあ本当の『耐性』はつかないわ。……神月、一番安定しているラインを使って、この香りと味のデータを転送して。あの子たちに、自分たちの手で『魔法』を作らせるのよ」


空の上。 アルビレオ号のキッチンに、ピッコロッソからの緊急通信が届く。 ホログラムで映し出されたのは、葉月が野菜を刻む手元と、立ち上る湯気の映像だった。


『キマリア、聞こえる? 辛い時は、お腹の底から温まりなさい。船にある備蓄のジャガイモと、このスパイスの配合。……味の決め手は、焦がさないようにじっくり炒めることよ』


キマリアたちは、吐き気を堪えながらキッチンに立った。 魔法の杖ではなく、包丁と鍋を握る。 葉月の指示通り、慣れない手つきで野菜を切り、スープを煮込んでいく。


やがて、狭い船内に、ピッコロッソで嗅いだあの懐かしい、少しスパイシーで甘い香りが広がり始めた。


「……これ、あの時のスープと同じ匂いだ」 キマリアが、出来上がった黄金色のスープを一口啜る。 喉を通る熱が、冷え切っていた胃を温め、魔導回路の乱れを静めていく。


「美味しい……。魔法の薬より、ずっと効く気がする」 結月が鼻をすすりながら笑った。メグも、ソラも、温かいカップを両手で包み、その熱を噛みしめる。


「……私たち、甘えてたんだね。船に乗れば、魔法が全部やってくれると思ってた」 キマリアは窓の外、どこまでも続く星の海を見つめた。 「でも、これからは自分たちで料理して、自分たちで船を動かして……そうやって、本当の意味でピッコロッソから自立しなきゃいけないんだ」


地上のモニター越しに、スープを飲み干して元気を取り戻した四人の姿を見て、星月は静かに口元を緩めた。 「……フン。案外、立ち直りが早いな」


「それが若さよ。……さあ、あの子たちが自分でおかわりを作れるようになるまで、オレたちもここで踏ん張りましょうか」


葉月が淹れた一杯の紅茶が、地上のピッコロッソにいつもの穏やかな香りを運んでいた。

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