母の背中と、星界の郵便局
「……ここ、どこだっけ。オレ、何をしに来たんだ……?」
キマリアの瞳は虚ろになり、魔導杖は床に転がっていた。 アドニムーン機関が放った『逆行魔導波』が、アルビレオ号を包み込む。船内の記録が書き換えられ、ソラや結月の存在さえ「知らない他人」へと変質していく。
一方、地上のピッコロッソ。 神月が叫びながら、オーバーヒート寸前の魔導端末を叩いていた。 「書き換え速度が速すぎる! このままじゃ、あの子たちの魂そのものが『最初から存在しなかったこと』にされるわ!」
星月が神月の肩を掴んだ。 「……記憶を上書きされるなら、それ以上の速度で『現実』を叩き込め。神月、ピッコロッソに蓄積された全ログを送信しろ」
「無茶よ! 回線が持たない!」 「オレが支えるわ」 葉月が魔導炉の前に立ち、自らの魔導心臓を回路に直結した。 「ピッコロッソは、ただの喫茶店じゃない。あの子たちの『生きた証』を保存する、地上の記憶装置よ。……全部、届けてあげて!」
空の上。 キマリアの脳内に、凄まじい量の「光」が流れ込んできた。
それは、ピッコロッソで飲んだ紅茶の湯気。 不器用な星月が剥いた、形の悪いジャガイモ。 喧嘩して、笑って、泣いた、地上のすべて。
そして、その光の濁流の最後に、一通の古いメッセージが浮かび上がった。 それは星界の「停滞した時間」の中に浮遊していた、母からの『遺言』──星界の郵便局と呼ばれる高密度魔導ログだった。
『キマリアへ。もしあなたがこれを読んでいるなら、あなたは自分の足でここへ来たのね』
母の背中が、キマリアの視界に蘇る。 母は世界を捨てたのではなかった。この星界の暴走を止めるために、一人で「礎」になったのだ。
「……あ……あああああ!」
キマリアの意識が爆発するように覚醒した。 彼女は床に転がっていた魔導杖をひったくり、逆行魔導波のノイズを真っ向から引き裂いた。
「忘れない……! 忘れるもんか! オレには、帰る場所があるんだ! 待っててくれる人たちがいるんだ!」
キマリアの咆哮と共に、杖から放たれた純白の魔力が、船を覆っていた呪縛を粉砕した。 ソラ、結月、メグ。三人の瞳にも光が戻り、彼女たちは互いの手を強く握りしめた。
地上のピッコロッソ。 全てのエネルギーを使い果たし、崩れ落ちる葉月を星月が抱きとめる。 店内の魔導ランプはすべて割れ、深い闇が降りた。 だが、神月のモニターには、力強く進むアルビレオ号の輝きが映っていた。
「……届いたわね」 葉月が、青白い顔で満足そうに微笑んだ。
「ああ。……あの子たちは、もう大丈夫だ」 星月は暗闇の中で、静かに涙を拭った。
キマリアたちはついに、母が眠る星界の最深部への航路を見つけ出した。
次章『最終決戦!アドニムーンの陥落』 地上と空、二つの場所で同時に、闇の組織との最後の戦いが幕を開ける。




