ドラム缶の誓い、星界の境界線
《終焉の門》を目前に控え、アルビレオ号は星界の冷たい外気と、激戦による魔力枯渇に喘いでいた。 結月の裏切り、そして地上のピッコロッソとの通信断絶。 重苦しい沈黙が支配する船内で、キマリアは葉月から教わった「非常時の知恵」を思い出した。
「……みんな、お風呂に入ろう。魔法じゃない、火を焚いて沸かす本当のお風呂に」
船の倉庫にあった備蓄用のドラム缶を甲板に引き出し、瓦礫を薪にして火を熾す。 星界の真空に近い寒さの中、小さな炎がゆらゆらと揺れる。 四人は身を寄せ合い、交代で温かい湯に浸かった。
「……ねえ、結月ちゃん。さっきのじゃんけん、本気だった?」 キマリアが湯気に顔を赤くしながら尋ねる。 結月は膝を抱え、俯いたまま答えた。 「……本気よ。勝てるわけないって分かってて、それでも、あんたたちと対等になりたかった。……機関の道具じゃなくて、一人の女の子として」
ソラが眼鏡を曇らせながら、静かに言葉を添える。 「魔法が万能だと思ってた。でも、こうして火を焚いて、お湯が沸くのを待つ時間の方が、今の私には……ずっとリアルに感じるわ」
メグも、無言でキマリアの肩に頭を乗せた。 四人の間にあった「不信」という名の氷が、ドラム缶の下で燃える小さな炎によって、ゆっくりと溶けていく。
一方、地上のピッコロッソ。 魔導炉が停止し、深い闇と静寂に包まれた店内で、星月は一人、カウンターに座っていた。 彼女の指先には、かつてキマリアに渡したものと同じ「魔導銃の予備パーツ」が握られている。
「……あの子たちは今、何を見ている。……葉月、私はあの子に、戦うための力しか与えられなかった」
葉月は暗闇の中で、マッチを擦って小さなランプを灯した。 「いいえ。あなたは彼女に、『帰るべき場所』を教えたわ。……このパーツは、ただの鉄屑じゃない。あなたが彼女を守りたいと願った、その祈りの結晶よ」
星月は、自分の胸にある騎士団の徽章を引き剥がし、それを魔導銃のグリップに刻み込んだ。 「……キマリア。迷ったら、そのパーツを握れ。そこに込めた私の鼓動が、お前の道標になるはずだ」
空の上。 キマリアは、首から下げた星月のパーツが、どくん、と脈打つのを感じた。 それは、地上のピッコロッソで一人戦う星月の、決して折れない意志だった。
「……聞こえる。星月さんの声が。……一人じゃない。私たちは、ピッコロッソの看板を背負ってここにいるんだ」
キマリアは湯の中から立ち上がり、夜空よりも深い《終焉の門》を見据えた。 「みんな、温まった? ……いこう。この火を絶やさないまま、お母さんのいる場所まで!」
ドラム缶の中で燃え残った灰が、星界の風に舞う。 それは、魔法を越えた「絆」が初めて形になった、ささやかな、けれど確かな誓いの儀式だった。




