八本目
「……お酒、好きなんだね。煙山くん」
「まあねー、飲まないとやってられないよ」
薫はそう言いながら、ポケットから「グッドスパーク」を取り出し、優衣の隣で火をつけた。酔いのせいで吸い込みが荒くなり、少しむせる。
「ちょっとやさぐれすぎでしょ」
優衣は笑いながらツッコミを入れた。その笑いは、いつものサークルの時のような、張り付けた笑いではなかった。
「やさぐれてないって。ただの……現実ミュート」
薫は優衣の言葉を借りてそう言った。二人の間に、ほんの少しの笑いが起こる。
「私、今日サークルの飲み会、最後まで付き合わされて、疲れたんだ。だから、いつもより遅くなっちゃった」優衣はそう言って、また煙を吐き出す。
「お疲れ様。パリピの相手は大変だなあ」
「パリピいうなー」
薫は笑いながら空いた缶を地面に置いた。
何となく会話も弾み、二人の間には、雨の夜とは違う、少しリラックスした、いい雰囲気が漂い始めた。
その時だった。
「おい、煙山ー!」
背後から、低い声が響いた。
薫と優衣は同時に声のした方を振り返る。
そこに立っていたのは、店長だった。
「今日お前、シフトバツにしてただろ。こんなとこでぶらぶら飲み歩いて、何やってるんだ?」
店長の目は、完全に怒っていた。薫の顔は、その声を聞いた瞬間、一気にシラフになった。勤務外とはいえ、バイト先の店で泥酔してだらしなくいる姿を見られたこと、そして、優衣との時間が遮られたことへの怒りが、一気に押し寄せる。
「あ、いや、これは……」
言い訳をする前に、薫の体は反射的に動いていた。
逃げろ。
薫は空き缶を掴み上げ、店長に一言も言わず、その場から走って逃げた。
優衣は、あっけにとられたように、その場に立ち尽くしていた。
「あ……煙山くん……!」
優衣は走り去る薫に向かって、思わず手を伸ばした。彼女の指先が掴んだのは、空振りした夜の空気だけだった。




