六本目
ある日、薫はバイトをしながら、何となく優衣が来ないかと待っていた。
彼女はほぼ毎日来る。来る日もあれば、来ない日もある。わかっているけれど、薫は無意識に、今日の夜、彼女が来てくれるよう念を込めていた。特に意味はない。
今日の薫のシフトは定刻通り21時から朝3時まで。
このバイトをしていて、お客さんがよく来るのは21時〜23時までの時間帯である。
優衣がいつも来るのはちょうどそのピークど真ん中の22時過ぎ。
(なんとなく、優衣には23時以降に来てほしい)
薫はぼんやりと思う。
23時を過ぎれば、店を訪れる客は激減する。静まり返った深夜のタバコ屋で、本当に二人きりの空間を作りたいと思っている自分がいることに、薫は気づいていた。彼女が店先にいるという事実だけで、この退屈な夜勤が、「何か意味のある時間」に変わるような気がしていた。
そして、深夜は暇だ。
どうせバレないが、一応勤務中は携帯を使ってはいけないという決まりになっている。小心者かつ真面目な薫はその決まりを律儀に守る。
考えることは、今日帰ったら何の課題をやるか、夜食(朝食)は何にするか、サブスクで今見ているものの復習などだ。やるべきことを頭の中で整理するだけで、案外、時間は潰せる。
意外と慣れというものはあり、時計さえ見なければ、客がいない暇な時間でも、時間が過ぎるのが早く感じるようになっていた。
時計の針は1時を回り、2時を回る。もう優衣が来る時間ではない。
(今日は、来なかったか)
少しだけ、落胆した。
そして、朝2時50分
勤務が終わり、片付けの時間だ。スタンド灰皿を店内にしまう前に、薫はポケットから一本の「グッドスパーク」を取り出した。
ライターで火をつけ、深い煙を肺に入れる。
タール6の煙が、疲れた頭をほんの少しぼんやりさせる。あの時「ハマるはずない」と思っていたタバコは、今や、彼の日常に完全に溶け込んでいた。
煙を吐き出し、薫は灰皿にタバコを押し付けた。誰も聞いていない、深夜の店先で、彼は小声で呟いた。
「........明日は来るといいな」
それは、ただの客を待つ店員のものではない、個人的な願いだった。その願いのせいで、彼の「何も考えなくていい時間」は、優衣のことで少しだけ侵食されている。
薫は、まだその感情が何なのか、言葉にはできていなかった。ただ、あの「フラッシュリム」のメンソールが混ざった煙を、また分け合いたいと、強く思っていた。




