三十二本目
一人の女の子が、居酒屋のカウンターで静かにお酒を煽り、電子タバコの煙を細く吐き出していた。
店員の三山優衣は、カウンターの端で突っ伏しているその客に気づき、歩み寄る。
「お客様、大丈夫ですか?」
声をかけられたのは、白いモコモコの服を着た、どこか幼さの残る女の子だった。優衣の働く店では一人客も珍しくはないが、自分と同年代の女性が、これほど深く、孤独に飲んでいる姿は少し目を引いた。なんとなく、目が離せなかった。
「大丈夫ですやー……」
顔を上げた女の子は、頬を真っ赤に染めていた。呂律は回っていないが、その瞳はどこか潤んでいて、ひどく酔っ払っているはずなのになぜか幸せそうに微笑んでいた。
優衣は「お気をつけて」と微笑み返し、一度厨房へ戻った。
その後も、彼女は注文を止めなかった。
ほとんどつまみを頼むことなく、ただひたすらにアルコールだけを流し込んでいく。お会計は一人で7000円を超えた。杯数にすれば10杯はゆうに超えている。
(さすがに飲みすぎじゃないかな……)
優衣の嫌な予感は的中した。女の子がフラフラと立ち上がりお手洗いへ向かった直後、廊下で力なく崩れ落ちてしまったのだ。
「大丈夫ですか!」
優衣は真っ先に駆け寄り、動けなくなった彼女の体を支えて介抱した。他に連れがいないことを確認すると、彼女をお手洗いまで運び、波打つ背中を優しくさすった。
苦しそうに、けれど時折漏れる吐息がどこか安堵に満ちている。そんな彼女の姿を見ているうちに、優衣の脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。
「……一人で飲んでる感じ、あの人に似てるな」
優衣は、自分でも無意識のうちにぼそっと独り言をこぼしていた。
優衣はその女の子が少し落ち着くのを待ってから、タクシーを呼び、彼女を家へと送り出した。
幸せな泥酔に浸っていたのは、公園で薫の背中を見つけた直後の雫だった。
あの日、薫と再会した夜。雫の心は、何年も止まっていた時計が突然激しく動き出したような、制御不能な熱に浮かされていた。
かつての「共犯者」の隣に、もう一度だけいられるかもしれない。
その希望を噛みしめるための、独りきりの祝杯。
優衣が薫を想い、雫もまた薫を想う。
運命の歯車は、本人たちが気づかぬところで、この時から静かに、そして不気味に回り始めていた。




