二十五本目
薫が目を覚ました時、視界はまだ微睡の中にあった。
だが、鼻腔をくすぐったのは、一人暮らしの部屋にはおよそ似つかわしくない、優しく懐かしい味噌の匂いだった。
「……あれ」
夢の続きかと思いながらリビングへ向かうと、そこには少し手持ち無沙汰そうにキッチンに立つ雫の姿があった。テーブルの上には、湯気を立てる二つの器。
「あ、起きた? 勝手に台所と、あとインスタントの味噌汁使っちゃった。ごめんね」
雫の言葉に、薫は立ち尽くした。
「ありがとう……なんか……」
一人で生きていくと、一貫性のない自分を呪いながら過ごしてきたこの部屋に、自分以外の誰かがいて、自分のために温かいものを用意してくれている。そのあまりにも「当たり前で特別な光景」に、胸の奥が熱くなった。
「え? 薫、もしかして泣いてる?」
「……女の子から手料理なんて、初めてだったから」
薫は情けないほどにボロボロと涙をこぼした。朝の光の中で、自分の孤独が溶けていくような感覚だった。
「あはは、そんなに喜んでくれる? 初めてがインスタントで、なんだか申し訳ないな」
雫は照れ隠しに小さく笑いながら、少しだけ気まずそうに、でも愛おしそうに薫を見つめた。
「「いただきます」」
並んで手を合わせる。
一口啜った味噌汁は、ただのインスタントのはずなのに、これまでインスタントに癒してくれたどんなお酒よりも深く体に染み渡った。
「おいしいよ、雫」
「……そっか。よかった」
食後の静かな時間。雫が「お茶碗洗うよ」と立ち上がろうとするのを、「後でまとめてやるから」と制し、薫は一つの提案をした。
「……ベランダ、行こっか」
冬の澄んだ陽光が差し込むベランダ。二人は並んで壁に寄りかかった。
薫がふと灰皿に目をやると、そこには一本のグッドスパークの吸い殻があった。
薫の銘柄。昨夜、雫がベランダで独り、薫を想いながら吸った証。
「あのさあ、昨日――」
「火、もらっていい?」
雫が昨夜の感傷を語り出そうとするのを、薫は遮るように言った。
二人は一つのライターの火を共有し、それぞれの「グッドスパーク」に火をつけた。
紫煙が冬の青空に溶けていく。
「朝は寒いね」
「今日、珍しく早く起きたわ」
交わされるのは、どこまでもたわいのない会話。
ふと灰皿を見れば、そこには三本の同じマークの吸い殻が寄り添うように並んでいた。
「……戻ろうか」
「うん」
二人は、どちらからともなく部屋の中へ戻っていった。




