二十四本目
薫は、雫の温かい腕の中に抱きしめられ、どれほどの時間が経っただろうか。彼はゆっくりと涙を拭い、立ち上がった。
「……今日はウチでご飯食べていくか? 鍋くらいしか作れないけど」
彼の声は、少し掠れていた。
「寒いから鍋、ちょうどいいな」
雫は、泣き腫らした目にもかかわらず、心からの笑顔を見せた。その笑顔は、彼を突き放すことなく受け入れた、献身の光だった。
薫は冷蔵庫を開けながら、雫に聞く。
「ビールでいいか」
「いや」と雫は言う。薫は遠慮気味に続けた。「今日は飲まないか。夜遅いしな」
雫は、少し恥ずかしそうに、でもきっぱりと答えた。
「もっと、濃いお酒が欲しいな」
「わかった」
薫はそう言って、大きめのコップを取り出し、氷を入れ、ウィスキーのボトルを開けた。彼は大きめのコップに三分のニくらいまでウィスキーを注ぎ、炭酸水を開けて中に入れた。
鍋を作る前に、二人は乾杯し、それを一気飲みした。
ウィスキーの熱が、冷え切った体と、傷ついた心に一気に流れ込む。二人の顔は、すぐに赤くなった。
「鍋は、もういらないね」
雫はそう言って、再び薫を抱きしめた。
薫は、優衣を追いかけた疲れ、雫を傷つけた罪悪感、そして優衣に拒絶された悲しみ、全てから解放されたかのように、雫の温もりを感じながら、そのまま深く眠りについた。
雫は、安心し切って穏やかに寝息を立てている薫を見て、優しく微笑んだ。そして、ベッドまで移動させ、彼に毛布をかけて寝かせた。
すると、薫の服のポケットから、何か小さな箱が落ちた。
雫はそっと拾い上げた。それは、グッドスパークの箱だった。中には、優衣が吸い残し、「おいしくない」と灰皿に捨てたタバコが入っている。
雫は箱を握りしめ、静かにベランダに出た。
彼女は、グッドスパークを一本取り出し、夜空の下で火をつけた。
深く吸い込む。
薫が愛し続け、優衣に拒絶された「他の味」。
その煙をゆっくりと吐き出しながら、雫は泣きそうなほど切ない、でも満たされた表情で、ポツリと呟いた。
「私は、この味も好きだな.......」
雫は、根本まで吸い、その一筋の煙が夜空に溶けるまで、静かに見守っていた。
完




