二十三本目
こっぴどく叱られた後、その日のタバコ屋のバイトは、店長の温情により別の人が引き継いでくれることになった。優衣も薫も、借りた自転車の持ち主に深々と頭を下げ、夜道を二人で歩いて帰ることになった。
緊張と沈黙が、重い空気となって二人を包む。
「……俺は優衣ちゃんに、ずっと言いたいことがあってさ」
「一本だけ、吸っていい?」
薫が意を決して口を開いた瞬間、優衣がそれを遮るように言った。
優衣は立ち止まると、グッドスパークの箱を取り出した。箱を開け、一本取り出す。そして、慣れた手つきで火をつけた。
夜の街灯の下、優衣がタバコをくゆらせるその姿は、あまりにも美しく、まるで絵画のようだった。
優衣は深く一吸いした。そして、その煙をゆっくりと夜空に放つと、目を伏せて、静かにこう言った。
「……やっぱり、おいしくないや」
優衣は、まだ半分以上残るタバコを、近くにあったスタンド灰皿にそっと押し付けた。そして、グッドスパークの箱を薫に渡した。
「じゃあね、薫くん」
それだけ言い残し、優衣は踵を返し、来た道を戻っていく。薫は、その場に取り残された
優衣は少し離れたところで、ふと立ち止まり、ボソッと呟いた。その声は、雨音に消えそうに小さかった。
「……やっぱり、私は他の味はわかんないや」
優衣の姿が角を曲がり、消えた直後、夜空から雨が降り出した。
薫は立ち尽くした。傘もささずに、降りしきる雨の中で、優衣が去った方向をただ見つめていた。彼の一途な想いと、優衣の冷たい拒絶だけが、そこに残された。
すると、上からフワリと傘が被された。顔を上げると、そこには雫が目の前にいた。彼女は何も言わない。ただ、静かに傘を差し続ける。
薫は、優衣に伝えられなかった想い、雫への罪悪感、全てを言葉にしようと口を開いた。しかし、雫は優衣と同じように、言葉を遮る。
「家、送るから!」
それだけ言って、二人は相合傘で歩き出した。その間に、薫も雫も一言も話さなかった。あんなことがあったのに、二人の間に流れる時間は、決して居心地の悪いものではなかった。
そして薫の家に着く。雫は濡れた髪を払いながら言った。
「家の中、あがってもいい?」
薫は黙って頷いた。雫は律儀に靴を揃え、家の中に入った。
薫の部屋に入った瞬間、雫の視線が、部屋の隅に置かれたゴミ箱に留まった。そこには、彼女が贈ったはずの、ワンカートンのグッドスパークが、袋ごと無残に捨ててあるのが目に入った。
その光景を見て、雫は一瞬表情を曇らせたが、次の瞬間、なぜか安堵の表情を浮かべた。
雫は、リビングの床に座り込んでいた薫を抱きしめた。雨に濡れた雫の体は冷たかったが、その腕は温かかった。
「私は、薫の味方だよ……」
雫の静かな声が、薫の心を打ち砕いた。薫は、堪えきれずに涙を流した。
「薫は、やっぱり一途なんだよね」
雫も我慢していたが、ついに堪えきれず、泣き出してしまった。その涙は、優衣への一途さ故に振られた直後にもかかわらず、それでも薫を愛していることを示していた。
雫は、泣きながら、彼の耳元でこう言った。
「そんな薫が、私は……
大好きだよ.......」




