二十一本目
薫は、この関係に明確な線を引くため、雫と会う約束をした。
待ち合わせ場所である、二人が最初に再会した夜の公園。雫はベンチで電子タバコを吸って薫を待っていた。その横顔は、誰にも見られまいと隠していた頃とは違い、まるで安らぎを見つけたように静かだった。
薫はその姿を見つけて近寄った。彼は、手に持っていた、雫から貰ったプレゼントを包んでいたのと同じような包みを差し出した。中には、雫が吸っている銘柄の電子タバコのワンカートン。
「これ.....私が吸ってる銘柄の......」
雫は何かを言おうとしたが、薫はそれを遮り、決意を固めた言葉を口にした。
「会うのは、これで最後にしよう」
雫の表情が一瞬で凍り付いた。夜の公園の冷気が、一気に彼女の心に流れ込んだようだった。
「え? それってどういう?」
薫は深呼吸をした。この瞬間、自分の優柔不断な過去と決別しなければならない。彼は、最も正直で、最も残酷な言葉を選んだ。
「俺は雫のことは友達としては好きだ。実際にめちゃくちゃ可愛いと思ってるし、もし付き合えたら嬉しいよ。でも……」
「え?……私、振られてる?」
その問いに、薫は目を逸らさなかった。彼の目は、自らの迷いへの決意を映していた。
「俺はやっぱり、優衣が頭から離れないんだ」
その名前を聞いた瞬間、雫の顔はみるみるうちに朱に染まり、怒り、裏切り、そして深い悲しみが混ざった感情が、彼女の体を震わせた。
「言いたいことだけ言ってんじゃないわよ!!」
雫は、受け取ったばかりのワンカートンのボックスを、立ち上がって薫の胸元めがけて投げつけた。それは、彼女の献身と、押し殺した想いの全てを投げつけるようだった。ボックスは鈍い音を立てて弾み、雫の瞳からは、もう堪えきれない涙が溢れ出していた。
「大体私は薫のこと友達にしか見えてないし!」
泣きながら、顔を真っ赤にして叫ぶその強がりは、あまりにも痛々しかった。
薫は、その痛みを逃げずに受け止めた。
「そういうことだから。今までありがとう、雫。楽しかったよ」
薫が背を向けて去ろうとした瞬間、彼の背中に向かって、雫の魂の叫びが響いた。それは、二人の間に流れた時間の全てを問う声だった。
「友達でもダメなの?」
薫は足を止め、振り返った。彼の顔は苦痛に歪んでいたが、その決意は揺るがなかった。
「……俺は、そんな器用なことができない」
そう言い残し、薫は優衣のいる場所を示すかのように、夜の闇へと歩き去った。
雫は、その場に立ち尽くしていたが、やがて俯き、泣きながら一人でコンビニへと歩き出した。彼女は濃いアルコールの酒を買い込み、ベンチに戻ると、まるで自らの心を削り取るかのように、連続で一気飲みした。吐き出される電子タバコの儚い煙だけが、彼女の深い孤独を知っていた。
公園を後にした薫は、夜の道を一人、ただ歩き続けた。
(俺は、やっぱり……優衣が頭から離れないんだ)
雫を深く傷つけたという罪悪感があったが、それ以上に、自分の行動にようやく筋を通せたという、乾いた安堵があった。
優衣から好かれなくてもいいし、付き合えなくてもいい。彼氏がいようと構わない。
優衣以外じゃ、ダメなのだ。
世間に合わせて、誰かを好きでもないのに作る関係。それは自分が一番嫌いなはずの行動だった。なのに、寂しさに負けて、マッチングアプリや、幼馴染に逃げようとしていた。
俺は、優衣のあの寂しそうで、現実からミュートしようとする、その儚い様子が好きなのだ。あのタバコ屋のカウンター越しに見える、静かで、諦めているような優衣の姿に、強く惹かれる。
たとえ報われなくても、筋が通らないことだけはしたくない。
薫は、タバコに火をつけた。吐き出した煙が、雫との夜を清算し、優衣のいる方向を示すかのように、夜空へと立ち昇っていった。




