二十本目
そこから数日後。マッチングアプリの衝撃と、優衣への気まずさから逃げるように引きこもっていた薫は、意を決してバイトに行くために家を出た。
外に出た瞬間、俺は腹に何か違和感があった。
(……なんだ、これ?)
冷たいものが触れたような感覚。重く、確かな感触。昨夜の悪夢が現実になったかのような、予期せぬ出来事。薫は思わず立ち止まり、震える手で腹部を見た。
その時、一瞬の沈黙を破って、目の前に立っていた人影が動いた。
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
目の前にいたのは、幼馴染の雫だった。
腹部に感じた違和感は、彼女が両手で差し出してきた包みのようなものだった。雫は顔を真っ赤にして、何も言わずにそれを薫に押し付け、すぐに踵を返して走り去っていった。その背中は、白いコートのモコモコが揺れていた。
薫は呆然と立ち尽くし、受け取った包みの中を開けた。そこには、彼の愛用するワンカートンのグッドスパークが入っていた。
彼は携帯の電源を入れた。久しぶりに起動させたスマホに通知が殺到する。
その中の一つを開くと、雫からの一文が見えた。
“メリークリスマス”
「え?」
薫は画面の日付を確認した。12月25日。ていうか、よく見たら通知がものすごい量来ていた。もちろん、雫からあり得ない量のメッセージが来ていた。
マッチングアプリ事件のせいで、そこから携帯の電源をずっと落としていたのだ。この数日間は、パソコンから電子書籍の漫画をひたすら読む生活を続けていた。そもそも、クリスマスという行事自体、去年下手に外に出て後悔をした記憶があるため、完全に意識しないようにしていたから、日付が飛んでいた。ちなみに去年あったトラウマは、牛丼屋の注文をするタッチパネルにサンタのお姉さんが出てきたことや、いつもやっている携帯ゲームにサンタさんが出てきて、「聖なる夜にプレゼントを」と大量にアイテムをもらったこと。街中でカップルが抱き合っていたこと。何となく気になってた子が.......これ以上はやめておこう。
(ていうか、雫いつからここにいたんだ?)
バイトへ行く時間に合わせて、ずっと寒空の下で待っていたのだろうか。
メッセージアプリをタップすると、そこにも通知があった。優衣からだ。
“24日空いてる?”
これってひょっとして、クリスマスの誘いだったのか?(もう終わってる)
舞い上がる感情と、この数日間、全ての人間関係を断ち切ってしまった自分の行動を振り返った。
「返信遅れてごめん」と、謝罪のメッセージを優衣に送った。
すると、すぐに返信が来た。
“幼馴染の子といい感じなんだね。気を遣わせちゃって悪いね”
そのメッセージは、優衣のいつもの完璧な笑顔のように、冷たく、完成されていた。
薫は焦り、すぐに「違うんだ」「これは誤解で」とメッセージを打ったり、電話をかけたりしてみたが、全く出ない。
絶望にかられながら、薫はふと思い立ち、以前買ったマイナー動画投稿者のスタンプを優衣にプレゼントしてみた。
だが、画面に表示されたのは、
"このユーザーは既にそのスタンプを持っています"
薫は、一瞬の思考停止の後、乾いた笑いを浮かべながら、独り言を言った。
「全くー、優衣とは気が合うなー。優衣もこの人のファンなのかー」
優衣は、薫のことをブロックしていた。
あの完璧な愛想笑いの裏側で、優衣は静かに、そして完全に薫との関係に終止符を打っていたのだ。
薫は絶望になったが、その一方で、ワンカートンのクリスマスプレゼントをくれた雫のおかげで、自分が少し安堵していることに気づいた。
(俺は、またやっている……)
優衣という届かない場所への執着から解き放たれ、すぐに雫という存在を打算的にセーフティネットにしてしまっている自分に嫌気がさした。
自分がさらに嫌いになった。




