十九本目
ある日、薫が朦朧とした頭でスマホを手に取ると、久しく見ていなかったマッチングアプリの通知が一件届いていた。
ほとんど起動させていないが、通知が来たら何となく確認だけはする習慣がある。画面を開くと、「恵理」という名前の女性とマッチングしていた。
趣味欄の共通点が多く、タイプで、しかも喫煙者でお酒も大好き、という好条件。アプリ内の写真はギャルっぽい雰囲気だったが、逆にそこに惹かれた。
「まあ、暇つぶしだ.......別に悪いことではないしな」
薫は久しぶりにメッセージを打つことにした。何度かやり取りを重ねるうちに、会話は妙に弾んだ。共通の酒の好みやタバコの話で盛り上がり、「あったまってきた」ところで、薫は誘導に成功する。
『他のメッセージアプリに移行しましょう』
ここまで持っていけたら、ほぼ「勝ち確」である。
(雫との一件で、優衣にはもう見限られたなと完全に理解した。あれから優衣は喫煙所に一回も来ていない。だが、こんなところで進展があるとは、何だかんだで運命ってヤツか)
アプリで教えられたIDを使い、誘導されたメッセージアプリを追加する。
すると、そこには「三山 優衣」と名前が書いてあった。
「ん? 三山優衣? どこかで聞いたことあるような……」
薫は反射的に、「追加ありがとう。よろしくー」と最初に送ってしまった。
その直後、彼は気づく。
(え?)
もう一度アプリの方を見てみよう。アプリの方に出てきた写真は、優衣ではなく、有名な芸能人の写真であった。薫は芸能人事情に詳しくないので気づかなかったのだ。
そして、過去のやり取りを見返してみると、会話のテンポ、言葉選び、タバコと酒に対する知識——すべてが優衣そのものであった。
「恵理」の正体が、優衣だった。
優衣は彼の実名、実写真のプロフィールを知り、さらに彼のプライベートな"遊び"の行動まで、全て見ていたことになる。
薫は全身の血が引くのを感じた。恥ずかしさと背徳感、そして心臓を握りつぶされるようなドキドキに襲われた。
(マジかよ。あの優衣ちゃんが、何で……? 俺のこんなしょうもない遊びに、わざと乗ってきたのか? しかも、このアカウントで)
彼女に自分の「一貫性のない」部分、「選ばれない者」のくせに「選ばれるための努力」をしている部分を、全て把握された。その事実に、彼の顔は熱を持ったように赤くなる。
その時、スマホが激しく振動した。ビクッとして驚いた。すると電話をかけてきたのは、他でもない店長だった。
「ごめん、煙山君。急なんだけど、今日シフト代わってもらえないかな?」
「す、すみません、今日はちょっと……」
今日、優衣と喫煙所の前で顔を合わせたら、昨日の雫とのサシ飲みを見られた件、そしてこの「マッチングアプリ事件」のせいで、何を話すべきか全く分からない。あの完璧な笑顔の下で、何を考えていたのか、確かめる勇気がなかった。
薫は、この耐え難い気まずさから逃れるように、代わりのシフトを断ることにした。




