十六本目
優衣が去った後も、テーブルにはなんとも言えない気まずさが残ったまま、薫と雫のサシ飲みは始まった。
すぐに優衣がビールを持ってきた。彼女はいつも通りの笑顔を張り付けている。
「生ビール二つ、お持ちしました」
優衣は薫と雫の前にグラスを置いたが、雫が優衣の姿を睨んでいる。その視線は、初対面とは思えないほど鋭く、静かな圧力を放っていた。優衣はその圧を感じたのか、「ごゆっくりどうぞ」と言うなり、逃げるように戻っていった。
「かんぱーい」
二人はグラスを軽くぶつけ、ビールを飲んだ。
薫は緊張と喉の渇きから、一口でビールの半分まで飲んでしまった。隣を見ると、雫のグラスはすでに三分の一しか残っていない。
「はっや……」
飲むのが早すぎて若干引く薫だった。雫はグラスをテーブルに置くと、すぐに次の行動に移る。
「なんでさっきからそんな優衣ちゃんのことを睨んでるんだよ」
薫は、雫が優衣に向けた強い視線の理由が気になり、尋ねた。
「それは……」
雫は、少し考え込むような仕草をして、口を開いた。
「それは?」
「薫のことを騙してると思ったから……メガハイボールと枝豆お願いします」
「え? どゆこと? メガハイ二つでお願いします、あとフライドポテトもお願いします」
薫は会話を中断せず、自分の追加注文も済ませた。会話をしながらもしっかり注文する二人は、どこか息が合っていた。
店員さんが離れると、雫は低い声で続けた。
「薫が、あんな可愛い子に好かれるなんて……詐欺しか想像できなくて。デート商法みたいな」
雫の言葉はストレートすぎたが、薫の中にくすぶる「選ばれない者の憤り」を刺激した。
「第一、優衣ちゃんに好かれてるってそんなこと誰が言った?」
薫は、思わず強い口調で返した。
雫は、ふっと鼻で笑った。
「考えてみなよ。あんな可愛くて愛想のいい子が、居酒屋のバイト中に、ただの知り合いを見てあんなに動揺する? 普通、『あれ?』で終わり。でも、あの優衣って子、目が泳いでたでしょ。あれは絶対、特別な感情がある顔だよ」
雫は声を潜めた。
「で、結論。あれは絶対に薫からお金を巻き上げようとしてる詐欺師だね」
「ふざけるなよ。俺がそんな優遇されるわけないだろ。俺はな、マッチングアプリで業者かどうかの区別をつけるのは人一倍上手いんだぞ。そもそも業者とすらマッチしないからな」
自虐で返すと、雫はくすくすと笑った。その笑顔は、優衣のそれとは違い、偽りのない、親しい間柄に見せるものだった。
やがて優衣が、メガハイボールと枝豆を運んできた。優衣は注文品をテーブルに置いた後、少しだけ気まずそうに、「ごゆっくり」と言い残して去った。
優衣が去るのを睨んで見届けてから、雫はメガハイボールを片手に、電子タバコを口にくわえた。吸うたびに先端が小さく光る。
それにならい、薫も「グッドスパーク」を取り出し、タバコに火をつけた。
二人の間には、優衣には決して見せられない、少しやさぐれた空気が流れていた。
テーブルから少し離れた場所で、優衣は次のオーダーの確認をしていた。しかし、その視線は、ずっと薫たちのテーブルに向けられている。
二人は笑い、酒を飲み、煙を分け合っている。
薫は、あのタバコ屋で見せる内向的な表情とは違い、屈託のない笑顔を見せている。そして、隣の雫が電子タバコから吐き出した白い煙と、薫の「グッドスパーク」の煙が、まるで一つの輪になるかのように、混ざり合っていく。
優衣は遠くからその光景を見て、その表情が一瞬、疲れた笑顔の奥で固まってしまった。
彼女の瞳の中に、微かな焦燥のような感情が、生まれていた。




