十一本目
優衣が去り、時計の針が23時を回った。タバコ屋の店内に客の姿はなく、深夜の静寂だけが、蛍光灯の低い音と共に広がっている。
優衣の「頑張ってね、薫くん」という声が、まだ耳に残っていた。しかし、その温かい言葉は、彼女が去ったことで、すぐに現実の冷たさに塗り替えられていく。
(どうして、あんなに普通に話せたんだ?)
彼女の態度はあまりにも自然で、優しかった。普通なら、気まずい空気になるか、もっと冷たくあしらわれるはずだ。
そんな優しい対応ができる優衣を見て、薫の心に、ある確信が生まれる。
「あんないい子に、彼氏がいないわけがない」
優衣は、「彼氏ができたことは一度もない」と笑っていたが、あれはきっと社交辞令だ。そうでなければ、彼女の、あの誰に対しても完璧な笑顔と気遣いは説明がつかない。彼女の周りには、いつも誰かがいる。飲み会が激しいサークルに入りながらも、周囲に合わせて完璧に振る舞っている。
(彼女にとっては、俺なんてただの「喫煙所にたまたまいる面白そうな人」で、優しくしてあげるべき対象なんだ)
優衣の自然な優しさは、薫の目には、既に充足している者の余裕と映った。優衣が自分のテリトリーにいる誰に対しても発揮する、普遍的な優しさ。それは、特定の誰かを選ぶ必要がない人間の、圧倒的な強さだ。




