第7章 Hotel California(Eagles)
本作は各章毎にイメージにマッチした楽曲をエピソードタイトルに添えております。
楽曲を視聴しながらお読みいただくとより雰囲気が増しますのでお試しください。
※エピソードタイトル「Hotel California」:Eagles(1977)
右手に大きな川を眺めながら、馬車はリズミカルに進む。
麦畑から少し離れた位置には、ブドウだろうか?
よく手入れされた畑の緑が、陽光に輝いている。
河川敷には、ポツポツと水車小屋が建てられていた。
田舎では麦を石臼で挽いていたが、王都ほどの人口密集都市となると、水車小屋がいくつも必要なのだろう。
「見えてきたぞ」とガレンの低い声。
身を乗り出して前を見ると、遠くに巨大な城壁がそびえ立つ。
「あれが王都……」
とひとり呟く。
「そうさ。あれが我らが王都さ」
アルベルトは胸を張って言う。
アルベルトが自慢して良い物かはさておき、川まで続く高い城壁は立派で、門を守る正面の二つの塔にも威厳を感じる。
ところが城壁に近づくにつれ、周りの様相が変わってきた。
麦畑だった風景が、次第にキャンプのような廃材を組み立てた粗末な建物で埋め尽くされていく。
城壁の門が完全に見える距離まで馬車が進むと、その光景はさらに異常だった。
城壁は深い堀で囲まれていて、堀を挟んで立派な石壁とみすぼらしいキャンプのコントラストが異様に映る。
キャンプを指さし、アルベルトは言う。
「戦地から逃げてきた避難民のキャンプさ。金持ちや貴族様は城壁の中に入れてもらえるが、農民は入れてもらえない。」
それを聞いて言葉を失い、ただただ避難民を見て通り過ぎることしかできなかった。
埃まみれの子供たちが、廃材の隙間からこちらを覗き、母親たちは虚ろな目で空を仰ぐ。
東の戦争が、こんな場所まで影を落としている。
堀にかけられた橋を渡り、城壁の門の前で馬車を止める。
門番の兵士が数人で馬車の中を改める。
「吟遊詩人ギルドの者だ。」
アルベルトがギルドのバッジを兵士に見せ、ガレンとエレナもそれに続く。
一人の兵士がバッジをじろじろと確認した後、こちらへ歩み寄ってきた。
鋭い視線で俺の黒髪を一瞥し、
「黒髪か。異邦人だな?」
なんと応えれば良いのか分からずにいると、
慌てたようにアルベルトがフォローに入る。
「こいつは吟遊詩人見習いなんだ。」
別の兵士が馬車の荷物を終えて報告する。
「荷物は問題なし。楽器と食糧だけだ。」
俺に対峙していた兵士はそれを聞き、渋々頷く。
「ギルドの連中と一緒だし、問題はないだろう。通れ。」
やましいことはないのだが、ホッと一息つく。
重い鉄の扉が軋みながら開き、馬車は城壁の内側へ滑り込む。
門を抜けると、そこは荘厳な街が広がっていた。
ゆるやかな上り坂の石畳の道を、馬車はゆっくりと進む。
両脇には灰白色の小綺麗な建物が並び、植え込みや街灯まで備わっている。
高級店なのだろうか、貴族風の人々が行き交っている。
「久しぶりの王都だ。相変わらず変わりはないようだ」
皮肉なのか、妙な言い回しでアルベルトが言う。
「前に噴水が見えてきただろう? あそこがルミナ中央広場だ。この王都ルミナの中心地だな。もちろん、一般人にとってのな」
言われて前を見ると、彫刻で飾られた立派な噴水が見える。
さらにその奥の建物も荘厳だが、屋根の向こうには王城の尖塔が、広場を見下ろすようにそびえ立ってい
た。
本当の中心地は、あの王城なのだろう。
広場も立派だったが、それを囲む建物も荘厳で威容を放っていた。
「まずはギルドだ」
ガレンが一つの建物の前で馬車を止めた。
「ここが吟遊詩人ギルドか」
誰にともなく、ひとり俺は呟く。
「まずはタロスにギルド登録してもらう。ここは誰でも登録できるわけじゃないんだ。特に異邦人であればな」
アルベルトは訳知り顔で言う。
「俺は大丈夫なのか?」
確かに身元不明の俺を登録するのも、おかしな話だ。
「ああ、もちろんさ。そんな理由があって、このギルドは完全紹介制なんだ。
トラブルがあれば、紹介者にも責任が問われる。
タロスの人となりは、一緒に旅をしてきた俺たちがよく知っている。
大丈夫さ」
言いながら、アルベルトはギルドの大きなドアを開けて入っていく。
その後を、俺とエレナが付いていく。
「馬車を裏に止めてくる」
ガレンはひとり馬車を操り、脇の路地に入っていった。
ギルドのドアをくぐると、埃っぽい空気が鼻を突いた。
古い石造りのホールは予想以上に広かった。
壁際に並ぶ棚には楽器がずらりと並び、据えられたテーブルとイスに吟遊詩人たちが談笑していた。
銀製の竪琴バッジが皆の胸で光る。
奥の階段の先からは楽曲が漏れ聞こえてくる。
おそらく練習場でもあるのだろう。
アルベルトがカウンターの奥にいる年配の男に声をかけ、俺を紹介した。
「マスター、この男を登録したい。タロス・タカハシ。異邦人だが歌の才能は本物だ。俺たちが保証する。」
ギルドマスターは皺だらけの顔を上げ、俺の黒髪をじろじろと見た。
「黒髪の異邦人とは珍しいな。アルベルト、これに紹介状を書くように。
解っていると思うが...」
出された羊皮紙を受け取り、備え付けのペンで紹介状を書き始めながらアルベルトは応える。
「ああ、解っているさ。何か問題があった時は紹介者とそのパーティーにも責任を問われる。」
ウムと頷き、マスターは再び俺に向き直る。
「ではギルドの説明をさせてもらう。知ってるのかもしれんがルールだから聞いてくれ」
はいと俺は答える。
「まずギルド員の特権として徴兵免除がある。これは次に説明する布告歌の演奏が軍隊の広報活動に相当しているからだ。
そして先にも言った通り国内を巡回し布告歌を広めてもらうのが義務となる。
布告歌については知っているか?」
「少しならアルベルトと一緒に演奏してます。」
横で紹介状を書いているアルベルトをチラと見て俺は答える。
「よろしい、貴族や豪商であれば問題無いのだが、田舎の農民となると文字が読めない。
だからこそ歌にして伝えている。ギルドは国家にとって重要な役割を持っているのだと自覚するように」
「わかりました。」神妙に返事をする。
ギルドマスターは銀バッジを取り出しながら問うてくる。
「この戦争については解っているね?」
「すみません。長い間、東の国と戦っているとだけしか...」
ギルドマスターは俺の目を見て数秒沈黙して
「アルベルト、紹介状は出来ましたか?」
「ああ出来てるぜ」と羊皮紙をギルドマスターに手渡す。
「よろしい。この戦争については君からタロス君に説明しておきなさい。
担当の宿は市場の奥にあるスマイルキャット亭だ。貴族も来ない宿だしちょうど良いだろう」
ギルドマスターは羊皮紙に目を通しながら言う。
アルベルトが俺の肩に手を置いた。
「わかったぜ、マスター。タロス、こっちに来い。ホールで休みがてらゆっくり話そう。」
「おっと忘れものですよ」
ギルドマスターがホールへ行こうとする俺たちを呼び止める。
「吟遊詩人ギルドへようこそ」
言いながら俺の胸にバッジをつけてくれた。
ホールではエレナとガレンが席を確保してくれていた。
テーブルには人数分のエールも用意されていた。
気が利く二人だ。
エールを片手にアルベルトは語り始める。
「記憶が無いのだったな。」
「ああ。手間を取らせて申し訳ないが教えて欲しい。」
俺は戦争について少なからず関心があった。
聞こうとは思っていたけど機会が無いまま今に至ってしまったのだ。
「エルドリア王国と東のヴァルソア公国の国境にボーダーピークスと言う低い峰がある。
峰そのものはボーダーゾーン、つまり国境間の緩衝地帯だと認識だったのだが、きっかけは50年前にその峰から金鉱脈が発見された事から始まる。
かなり大規模な金鉱脈だって話だ。
それを知った両国は峰を自国領内だと主張し始めた。
当然ながら両国とも一歩も譲らず大規模な戦闘になった。
金鉱脈さえ手に入れば莫大な資金を手に入れられるからな、貴族や豪商なんかも揃って戦闘に資金を投じた。」
アルベルトはここでエールを一口飲む。
「ところがだ。思惑はヴァルソア公国も同じ。
10年20年と決着がつかず国内は疲弊してきて金鉱脈を共有して戦争を終わらせる案もあったのだが。
それまで投資してきた貴族と豪商の圧力で却下。
根深い利権がらみで終わらせられない戦争を続けてるのさ」
「コンコルド効果か」(※1)
話を聞き思わず呟いてしまった。
「コン...なんだって?」
アルベルトが聞き返してくる。
「いや、なんでもない。」
しまったと思い誤魔化す。
コンコルド効果から抜け出せない国家の行く末は...
ジワリと背中に汗が流れる感じがした。
この世界を取り巻く風に悪意が込められてるのではと不安を抱きながら、開けられた鎧窓の外に見える豪華な噴水を見つめる。
※1「コンコルド効果」:過去に投資したコストを惜しむあまり、損失が出るとわかっていても投資を続けてしまう心理的傾向を指します。




