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★What a Wonderful World ~異世界の着信音~  作者: 太郎アームストロング


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第6章 Masters of War(Bob Dylan)

本作は各章毎にイメージにマッチした楽曲をエピソードタイトルに添えております。

楽曲を視聴しながらお読みいただくとより雰囲気が増しますのでお試しください。

※エピソードタイトル「Masters of War」:Bob Dylan(1963)

朝の霧が、馬車の屋根を濡らしていた。


野営の片付けは手慣れたものだ。


ガレンが樽を転がし、エレナがハープを布で包む。


俺はリュートを抱えたまま、昨夜の焚き火の残り火を見つめていた。


アルベルトが、ジョッキを握りしめていた手。


——ガタガタと、まるで寒さに震えるように。


「今日は……募兵の歌よね」


エレナが膝の上のハープを撫でながら、ため息を漏らす。


「町の宿屋なら酒が入って盛り上がるけど、農村じゃ……あまり気乗りしないわ」


ガレンが手綱を握りしめた。


「歓迎はされねぇだろうな」


アルベルトが無理に笑う。


「まぁ、いつものことさ。タロス、今のうちに弦の調子を見ておけよ」


俺は頷き、リュートを胸に抱えた。


昨夜の震えが、脳裏をよぎる。


——あれは、ただの疲れだったのか?



馬車が軋みながら進む。


太陽が真上に昇る頃、風景は黄金の麦畑に変わった。


風が麦の穂を波のように揺らす。


一見、平和な景色だ。


だが、近づくにつれ、麦の背が低いことに気づく。


今年の収穫は、悪い。


「そろそろ到着だ」


麦畑に囲まれた道を抜けると、ぽつぽつと藁屋根の家が見えてきた。


どの家も壁はひび割れ、煙突からは薄い煙しか上がっていない。


痩せた犬が、干からびた井戸の縁で吠えた。


その声に誘われるように、村人たちがぞろぞろと広場へ集まってくる。


昼時だ。


農奴たちは朝と昼と晩、三度の粗末な食事をかき込むのが習慣らしい。


冬になれば日が短くて二度に減る、とアルベルトが前に教えてくれた。


——貴族なら朝食なんて抜きで、昼に豪華な肉料理を囲むんだろうに。


アルベルトが馬車を止めながら、皮肉っぽく呟く。


「ほら、見ろよ。農奴どもは三度食いでも腹一杯にならねぇ。

冬は二度だぜ? 貴族は朝食抜きで昼に山盛りの肉を食うってのに」


俺は曖昧に頷くだけだった。


まだ、この世界の階級のことはよくわからない。


掲示板が、広場の 広場の中央に傾いて立っていた。


羊皮紙が風に揺れ、黒い文字がびっしり。


だが、村人たちは誰も近づかない。


——読めないからだ。


「これは?」


俺が尋ねると、アルベルトが肩をすくめた。


「募兵の告知さ。こんな村じゃ、誰も読めねぇだろうけどな」


村人たちが、疲れきった目で俺たちを見ている。


老人、女、子供。


若い男の姿は、どこにもなかった。


周囲に集まる人々を見て、アルベルトが低く呟いた。


「頃合いだな」


彼はリュートを構え、広場の中央に一歩踏み出す。


村人たちの視線が、ぼんやりと集まる。


老人たちの背中は曲がり、女たちの手は土で黒ずみ、子供たちは母親の裾にしがみついている。


誰もが、麦の埃をまとった粗末な服を着て。


——戦火の影が、こんな辺鄙な村にまで染みついている。


「みな、聞くんだ。国王からの布告だ」


アルベルトの声が、静かな広場に響く。


それを聞いた村人たちは、反射的に膝をつこうとする。


古い習慣だ。王の名を聞けば、土に額を擦りつけるのが礼儀。


だが、アルベルトが手を挙げて制した。


「いや、膝は着かなくていい。かしこまらなくていいんだ。

俺たちは国王の代弁者じゃなくて、布告を広める吟遊詩人だ。

歌を聞いてくれたら、それでいい」


村人たちは戸惑いの視線を交わす。


膝をつく者もいれば、立ち尽くす者も。


やがて、各々が楽な姿勢を取る。


腰を曲げ、地面に座り込む。


子供が咳き込み、女がそれを抱き寄せる。


空気は、重く淀んでいる。


「では、聞いてくれ」


アルベルトが振り向き、目で合図を送る。


俺は頷き、リュートを構えた。


旅路の途中で練習したコーラスを、喉に溜める。


——この歌は、偽りの栄光を歌う。


王の剣が東の影を斬る、名誉の血が勝利を呼ぶ。


だが、心のどこかで、違和感が疼く。


これが、俺の「歌で世界を変える」始まりなのか?


ガレンが太鼓を軽く叩き、リズムを刻む。


エレナのハープが、鋭く絡む。


アルベルトのリュートが、低く唸る。


そして、歌が始まった。


「王の剣に栄光を! 東の賊を打ち払え!

若者よ、名誉と金貨を手にせよ!

残された家族は王が守る! 忠誠の血を勝利に捧げよ!」


俺はコーラスで合わせる。


「栄光を! 勝利を! 王の名の下に!」


声が重なり、広場に響く。


一瞬、村人たちの目が揺らぐ。


——高揚か? いや、違う。


それは、幻の約束を聞かされた者の、虚ろな視線だ。


村人たちの様子をうかがう。


どうも、おかしい。


老人は拳を握りしめ、女たちは互いの顔をチラチラ見ている。


子供でさえ、歌の合間に小さな溜息を漏らす。


歌のメロディは明るいが、誰も拍手しない。


代わりに、風が麦畑をざわつかせ、埃を巻き上げる。


——この歌は、火種じゃない。


爆薬だ。


歌が終わった瞬間――


広場の空気が、張りつめた糸のように切れた。


一人の老婆が、よろよろと前に進み出る。


白髪を乱し、土まみれのエプロンを握りしめ、目は血走っている。


その視線が、俺たちを射抜く。


——まるで、歌の嘘を暴く刃のように。


「もう……息子はいない」


老婆の声は、最初は呟きだった。


だが、次第に喉を震わせ、広場に響く。


「全員、戦争に行って……死んでしまったよ! 王の剣? 名誉? そんなもん、息子の墓標にしかならねぇ!」


その目の迫力に、息を飲む。


訴えの熱が、胸を締めつける。


何も言えなくなる。


——この目、俺の歌で癒せるとでも?


老婆の横に、壮年の男が歩み出てくる。


鍬を握った手が、震えている。


農作業の途中で駆けつけたらしい。


顔は日焼けで皺だらけ、目元に涙の跡。


「このばあさんには、3人の息子がいたんだよ」


男の声が、村人たちに波及する。


「長男は3年前、次男は去年……三男も、春に東の峰へ。

金貨? 家族守る? 全部、嘘っぱちだ! 残ったのは、こんな痩せた体だけさ!」


さらに、他からも声が上がる。


女が子供を抱きしめながら叫ぶ。


「周りを見てくれ! どこに戦地に行ける人間がいるんだ?

男どもはみんな、峰の金鉱のために死んだ! もう、限界だよ!」


「そうだ、そうだ!」


「王の歌なんか、聞きたくねぇ!」


「東の賊じゃねぇ、王が賊だ!」


群衆のざわめきが、獣の咆哮に変わる。


広場が揺れる。


老人たちが立ち上がり、女たちが拳を振り上げ、子供でさえ石を拾う。


——これは、歌の失敗じゃない。


戦争の腐食だ。


10年以上の領主争いが、こんな小さな村を食い荒らした。


アルベルトが、慌てて手を挙げて叫ぶ。


「待て、みんな! 俺たちはただ布告を伝えに来ただけだ……

強制じゃねぇ、王の勅命を歌うだけさ。落ち着け!」


だが、声は掻き消される。


どこからか、叫び声が上がる。


「帰れ! 帰ってくれ、王の犬ども!」


小さな波が、徐々に大きな波になる。


怒号が、風に乗って迫ってくる。


「歌で騙すんじゃねぇ!」


「俺たちの血で、王の金鉱を肥やせってか!」


「俺たちはただの吟遊詩人だ! 何かを強制しようって話じゃねぇんだ!」


アルベルトの声が、必死に響く。


だが、既に届かない。


群衆の目が、赤く染まる。


「痛っ!」


振り向くと、エレナが額を抑えていた。


抑えた手から、鮮血が滴り落ちる。


誰かが、石を投げた。


小さな石だが、額に当たれば十分だ。


エレナの顔が、青ざめる。


「タロス……怖いわ……」


ガレンが、さっとエレナの前に出る。


巨体が盾になる。


「アルベルト!」


彼の声が、低く唸る。


「分かってる! タロス、撤収だ!」


俺たちは、エレナを守るように囲む。


馬車へ駆け込む。


ガレンが素早く手綱を握り、叫ぶ。


「乗れ! 今だ!」


雪崩が押し寄せる直前のような、人々の圧力が息を詰まらせる。


村人たちが、関を切ったように馬車に殺到する。


怒声と石が、雨のように降り注ぐ。


馬車の木枠が、ガンガンと鳴る。


一粒が、俺の頰をかすめる。


——熱い。血の匂い。


だが、間一髪だった。


ガレンの鞭が鳴り、馬車が動き出す。


人の雪崩から、なんとか抜け出す。


後ろから、罵声が追いかけてくる。


「二度と来るな!」


「王の首をよこせ!」


馬車が麦畑の道を疾走する頃、ようやく静けさが戻った。


手が震える。


手だけじゃない、体中がガタガタと震える。


人の、しかもあれだけの人数の憎悪を、ぶつけられた恐怖。


これが……これが、この世界なのか。


こんな世界で、俺は歌で生きていけると、そんな甘いことを考えていた。


楽しくセッションをして、日銭を稼いで、平和を紡いでいけると思っていた。


ほんの少し前までは。


甘かった。


そんな甘いことじゃない。


この世界の住人は、みんな命がけで生きているんだ。


息子を失い、家族を失い、飢えと戦争に食われながら。


後悔とも決心とも言えない、何とも言えない複雑な感情が、震えとなって全身を駆け巡る。


震えは、しばらく止まらなかった。


冷たい風が吹いていないのに。



馬車が麦畑の道を疾走する。


埃が舞い、怒声が遠ざかる。


エレナの額から血が滴り、ガレンが手綱を握りしめる。


俺はリュートを抱えたまま、震えを抑えられない。


だが――


「待て! 止まれ!」


アルベルトの声が、鋭く響く。


彼は馬車の縁に立ち上がり、ガレンに叫ぶ。


「戻るんだ! このまま逃げたら、村は焼き払われる!」


ガレンが手綱を引く。


馬車が急停止し、土煙が上がる。


エレナが驚いた顔で振り返る。


「アルベルト、何を……!」


アルベルトは冷静に、もう一度説明する。


「この騒動はすぐに領主の耳に入るはずだ。そうなると反逆の罪で村は焼き払われる。

たとえ逃げおおせても、農奴の彼らを受け入れる町はねぇ。

なんとか事態を収束させないと、取り返しのつかねぇことになる」


しばらく逡巡したのち、エレナは頷く。


「そうね……アルベルトの言う通りだわ」


アルベルトも頷き、


「俺が抑える。タロス、エレナを守れ」


アルベルトの目が、血走っている。


——これは、ただの責任感じゃない。


何か、深いものが渦巻いている。


馬車がUターンし、広場へ戻る。


村人たちはまだ興奮の余韻にあり、石を握りしめている。


だが、俺たちの姿を見て、一瞬動きが止まる。


アルベルトが馬車から飛び降り、両手を広げて叫ぶ。


「落ち着け! みんな、落ち着け!」


群衆のざわめきが、再び波立つ。


「帰れ!」


「王の犬!」


アルベルトは一歩、また一歩と前に出る。


リュートを背負ったまま、声の限りに叫ぶ。


「王を殺しても、戦争は終わらん!

もっと長い戦争が来るだけだ!

東の国が攻めてきて、村ごと焼き払われるぞ!」


村人たちの目が、揺らぐ。


老婆が、石を落とす。


壮年の男が、鍬を下ろす。


「俺は……昔、似たことをした」


アルベルトの声が、震える。


「要人を殺せば平和が来ると思った。

だが、残ったのはもっと深い闇だけだ。

後悔してる……今でも!」


その瞬間――


アルベルトの手が、ガタガタと震え始めた。


リュートの弦を握る指が、痙攣するように。


炎のように熱い目で村人を見据えながら、


体は寒さに凍えるように震えている。


俺は、あの震えがただの疲れじゃないことに気づいた。


初めて、それが「恐怖」のように見えた。


——怒りか? それとも、何か深いトラウマか?


いや、まだわからない。


だが、この震えは、歌を歌う男のものじゃない。


何か、もっと重いものが潜んでいる。


村人たちが、ゆっくりと座り込む。


疲れ果てた体で、地面に崩れ落ちる。


老婆が嗚咽を漏らし、子供が母親に抱きつく。


広場に、静けさが戻る。


残るのは、埃と血の匂いだけ。


アルベルトが、深く息を吐く。


「歌は……もういい。

今日は、これで終わりだ」


彼は馬車に戻り、背中を向ける。


手は、まだ震えている。


俺は、言葉を失う。


——この世界で、歌は人を救うのか?


それとも、ただ火種を撒くだけなのか?


馬車が、再び動き出す。


今度は、静かに。


村人たちの視線が、背中に刺さる。


だが、もう石は飛ばない。



「今日は早めに野営しよう」


アルベルトが言い、みんな同意した。


エレナのケガも心配だし、みんな疲れていた。


ちょうど良さそうな空き地を見つけて、早々に野営の準備に入る。


川辺の大きな木の下――道からの視線を遮る小さな場所。


荷を下ろし、エールの樽に手をかけたガレンを、アルベルトが呼び止める。


「ガレン、待ってくれ」


アルベルトは馬車に乗り込み、奥の方でごそごそと何かを取り出している。


馬車から降りた彼の手には、小さい樽だった。


「今夜はとっておきのこれにしよう」


にんまりと笑う。


「それは?」


エレナが興味津々に聞く。


「聞いて驚け。なんとワインだぞ」


「「ワイン」」


みな驚く。


エールと違い、ワインは高級品だ。


水より安全で日常飲料のエールとは、格が違う。


「そんな高価なもの、どうしたの?」


「実はトーマスの親父さんが、道中で飲むようにとな。

エールとは別に、餞別でくれたんだよ」


焚き火を囲い、俺たちはワインを飲んだ。


今日の村の出来事で、思う所があったのだろう。


暗い空気を変えようとしているのが、よくわかる。


橙色の炎が、皆の顔を優しく照らす。


アルベルトが、一人でジョッキを握りしめている。


手が、ほんの少し震えていた。


炎の向こうで、揺らめく。


俺は意を決して、声をかける。


「アルベルトさん……手が……」


アルベルトが、苦笑いのように口角を上げる。


「……昔、似たことがあってな」


彼の視線が、火に落ちる。


多くは語らない。


言葉が、途切れる。


ガレンが太鼓を軽く叩き、リズムで沈黙を埋める。


エレナが、小さく息を吐く。


「アルベルト……」


俺は、リュートを抱え直す。


この世界で、歌は人を救うのか?


それとも、ただ火種を撒くだけなのか?


風が、木々をざわつかせる。


まるで、心の中のざわつきを見透かしているように。


俺は、小声で歌い始める。


誰も聞こえないくらいに。


「You that hide behind walls... (壁の後ろに隠れてる奴ら)

 You that hide behind desks... (机の後ろに隠れてる奴ら)

 I just want you to know... (お前らに知らせておいてやる)

 I can see through your masks... (お前らの本性はお見通しだ)」


(Masters of War)


答えは、まだ風の中だ。


だが、明日の王都で、何かが変わる予感がする。


馬車は、静かに夜を進む。


風が、答えを運んでいく。

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