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★What a Wonderful World ~異世界の着信音~  作者: 太郎アームストロング


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第5章 Blowin' in the wind(Bob Dylan)

本作は各章毎にイメージにマッチした楽曲をエピソードタイトルに添えております。

楽曲を視聴しながらお読みいただくとより雰囲気が増しますのでお試しください。

※エピソードタイトル「Blowin' in the wind」: Bob Dylan(1963)

朝日が宿屋の窓辺を淡く染める頃、俺たちは馬車に荷を積み終えていた。


夜の灯りはローソクの揺らめきだけ。乏しい光のせいか、床につくのも早く、朝も早い。


明るくなる頃には皆が動き出し、俺もようやくそのリズムに慣れてきた。


仕込みの合間を縫って、トーマスが様子を見に来る。


その手には埃っぽいリュートを抱えていた。


「タロスよ。忘れ物だ。ここで埃を被るより、お前に使われた方がリュートも喜ぶだろうさ」


「トーマスさん、ありがたく使わせてもらうよ。ありがとう」


「それとエールも一樽持っていけ。修道院の作ったやつだ。出発前に顔を出しておくんだぞ」


「ああ、分かってる。エドワード修道士には世話になった。そしてトーマスさんにも。本当に感謝して

る」


トーマスが髭を撫で、笑う。


「おいおい、改まってどうした。今生の別れでもあるまい。また歌いに来てくれるんだろう?」


「もちろんさ、トーマス」


ガレンが御者席で手綱を握り、アルベルトとエレナが俺を待つ。


馬の息が白く、朝の冷気が肌を刺す。


荷台に乗り込み、馬車が軋んで動き出す。


「ドランキングホースイン」の看板が、埃のヴェールに遠ざかる。


見えなくなるまで、トーマスはこちらを見送っていた。


感謝と寂しさが混ざり、新しい旅立ちの高揚が胸をざわつかせる。


複雑な風だ。


樽の木の匂いが漂う中、アルベルトがリュートを爪弾く。


「まずは準備万端だ。タロスの歌を一曲聞かせてくれ」


「私も聞きたいわ」


エレナが目を輝かせる。


「それじゃあ、一曲」


俺は受け取ったリュートを構え、弦を弾く。(D G A D)


「How many roads must a man walk down(どれだけの道を歩めば)

Before you can call him a man?(一人前だと認められるのか?)

The answer, my friend, is blowin' in the wind(答えは、友よ、風の中だ)

The answer is blowin' in the wind(答えは風の中を舞っている)」


エレナのコーラスが優しく重なり、まるで祝福の風が馬車を後押しするよう。


ガレンの手綱が軽やかになる。


時折、アルベルトの視線が鋭く俺を刺す気がした。


だが、振り返ればいつもの笑顔。


気のせいか。......風が、僅かにざわめく。



心地よい揺れに身を任せ、馬車は軽快に進む。


丘の向こうに、修道院のシルエットが浮かび上がってきた。


鐘の音が風に乗って届き、ガレンが手綱を緩める。


「もうすぐ到着だな」アルベルトの声が明るいが、さっきの視線がまだ胸に残る。


気のせいだ、きっと。


エレナがハープを膝に置き、目を輝かせる。


「タロス、あなたの歌の出どころはあそこ? 賛美歌とは少し違うみたいだけど」


俺は曖昧に頷く。


出どころは前世――前世と言うべきか、まだ定かじゃないが――だが、そんな話はできない。


風が木々の葉をざわつかせ、まるで答えを囁くように。


修道院の門は相変わらず開いていた。


藁の匂いが懐かしい。


エドワードが庭から駆け寄る。金髪が朝日に輝き、ロザリオが揺れる。


「タロス! 久しぶりだな。それに、彼らは?」


「エドワードさん。実は王都に行くことになったんだ。彼らは一緒に旅をする吟遊詩人たちだ。俺も、吟

遊詩人になろうと思ってさ」


アルベルトたちは各々挨拶をする。


エドワードが俺の肩に手を置き、真剣に言う。


「タロス、君の歌には感謝しているよ。木とバラが見えるこの場所で、人々の愛を歌ってくれた。あれほ

ど素晴らしい、修道院を称える歌を作ってくれたなんて」


「いや、まぁそれほどでも……」俺は曖昧に頷いて合わせる。


誤解だと知りつつ、胸が温かくなる。


あの曲が、こんな風にここに根を張るなんて。


「謙遜を。ところで記憶の方はどうなんだい?」


「それが相変わらず何も……」


多少の罪悪感を抱きながら、また曖昧に答える。


「そうか。そのうち戻るさ。あせる事はない。初めてここに来た時よりもずっと生き生きした顔立ちにな

っているし、回復しているよ」


「ありがとう、エドワードさん」


そこで後ろからハープを奏でる音がした。


振り向くと、エレナが微笑んでいる。


アルベルトがリュートを持って来ていた。


「さぁ、俺たち吟遊詩人に出来ることはこれだろ?」


俺は頷き、リュートを受け取った。


もちろん、奏でるのは『What a Wonderful World』


(F Gm F Gm)歌い始めると、他の修道士たちもぞろぞろと集まってきた。


みな知ってる顔だ。


ひとりひとりと目を合わせ、俺は歌を送る。


「I see trees of green, red roses too... What a wonderful world(なんて素晴らしい世界なんだ)」


修道士の一人が低くハミングを重ね、エレナのハープが優しく絡む。


ガレンまでが太鼓を軽く叩き、礼拝堂の空気が震える。


歌が終わると、エドワードが立ち上がる。


「私からは祈りの言葉を贈るよ」ロザリオを握り、祈りの言葉を唱える。


「旅の安全と健康を、主よ。彼らをお導きください」


祈りの言葉を聞き、俺たちは馬車に乗り込む。


王都へ向かう。


それほど長い旅ではないはずだが、改めて俺は心の中で旅の安全を祈った。


風が、優しく背を押す。


だが、その向こうに、どんな答えが待っているのか――まだ、風の中だ。



日が傾き、森の影が馬車を包み始めた。


ガレンが手綱を緩め、野営の地を選ぶ。


川辺にある大きな木の下—道からの視線を遮る小さな空き地だ。


アルベルトが言うには、盗賊や野生動物に対する防衛のための位置取りだそうだ。


荷を下ろし、エールの樽を転がすガレンの背中が、寡黙ながら頼もしい。


焚き火を起こすと、橙色の炎が皆の顔を照らし、影を長く伸ばす。


「タロスの歌は独特の曲調よね。記憶は戻ってないけど、歌は覚えてるのよね。それにリュートの弾き方も独特よね」


エレナがジョッキを傾けながら、目を輝かせて言う。


「申し訳ない。歌以外は、どうしても思い出せないんだ」


俺は俯きながら答える。


胸の奥に、ぼんやりとした痛みがよぎる。


「戦争だからな。記憶が無くなるほどの経験をしたのだろう。兵士って感じでもないから、命からがら戦

火から逃げてきたのだろうな」


アルベルトは一息入れて続ける。


視線が鋭く俺を刺す。


「俺も【同類】さ」


その言葉に、俺の心がざわつく。


アルベルトの目が、炎の向こうで揺れる。


「タロスとは状況が違うけど、アルベルトも倒れてる所を私たちが拾ったのよ。捨てられた子犬みたいだったわ」


エレナがちゃかすように言うが、声に微かな優しさが混じる。


「その後、一緒に旅をするようになった」


口数少なくガレンが呟く。


太鼓を軽く叩き、リズムで言葉を埋める。


「このご時世だから、戦火から逃れてくるのは珍しい事じゃない」


アルベルトが何かを思うように言う。


ジョッキを握る手が、僅かに震える。


「明日は小さな農村に着く。そこで募兵の歌を演奏しなきゃならない。戦火から逃れて募兵するっての

も、皮肉だけどな」※1


「ギルドの決まりだからね」


エレナが肩をすくめる。


「国王の勅命で領地外から兵を募るんだっけ。強制じゃないけど、協力しない村は立場が悪くなるわよ

ね。」


平穏な日々を送って来たつもりだが、決して平和な時代では無いのだと思い知らされる。


この国は戦争をしているのだ。


風が木々をざわつかせる。


まるで心の中のざわつきを見透かしているように。


答えは、まだ風の中—だが、明日の村で、嵐が来る予感がする。



※1:本来は戦地を統治している領主(貴族)が自らの領内で徴兵し戦争を行うが、不足すると領地外から兵士を募集する。その場合は国王から募兵を発することになる。強制力は無いが協力しないと立場が悪くなると予想される。

再びボブディランです。

11/7 ※1の注記を追記しました。

11/9 改行位置調整

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