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★What a Wonderful World ~異世界の着信音~  作者: 太郎アームストロング


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第4章 The Times They Are a-Changin' (Bob Dylan)

本作は各章毎にイメージにマッチした楽曲をエピソードタイトルに添えております。

楽曲を視聴しながらお読みいただくとより雰囲気が増しますのでお試しください。

※エピソードタイトル「The Times They Are a-Changin'」: Bob Dylan(1963)

宿で働くようになって、3週間が過ぎた。


朝の冷えた空気、ジョッキの重み、黒パンの噛みごたえ。


毎日が同じようで、少しずつ違う。


客の顔が馴染み、言葉が体に染みつく。


トーマスがカウンターから声を上げる。


「タロス。向こうの席に飯とエールだ」


「はいよ」


ブリキのトレイを運び、奥のテーブルに置く。


今日はウサギ肉のシチュー。干し肉じゃない、珍しく当たりの日だ。


湯気が立ち上るのを眺めながら、ふと思う。


あの歌を披露してから、世界の輪郭が少しクリアになった気がする。


客足が途切れた隙に、トーマスが俺を振り返る。


髭を撫でながら、いつもの強面が少し緩む。


「タロスよ。お前、言葉を覚えるのが早いよな。3週間で、まるでこの街の生まれだ。記憶が戻ってきたか? それとも精霊の祝福でも受けたか?」


トーマスは笑うが、目が少し真剣だ。


俺の「何か」に、気づき始めているのかもしれない。


俺は肩をすくめて、シチューを一口すする。


温かさが喉を通る。


「歌うようになってから、言葉がスルスルと入ってくる感じがしてね。まるで、メロディの隙間に、単語が滑り込んでくるみたいだ。


子供も歌で言葉を覚えるだろう? きっと、そんな感じだよ」


トーマスが目を細める。


「ふん、歌か。確かに、お前のあの曲は人を引きつける。昨夜も、旅の連中が『異邦人の歌を聞かせろ』

と騒いでたな。そんな連中が、また風を運んでくるかもな。」


俺はジョッキを拭きながら、胸の内で小さく笑う。歌が、こんな風に風を呼ぶなんて。



ドアのベルが鳴り、振り向くと埃っぽいマントの男たちが入って来る。


30代後半、中肉中背だが鋭い目の男に続き、ハープを抱えた細身の女。


その後ろには細目の大男が太鼓を担いでいる。


3人とも胸にお揃いのバッジをつけていた。※1


「いらっしゃい」


「久しぶりだな、トーマス。彼が噂の異邦人の歌い手かい?」


「お前の耳に届くほど噂は広がってるのか。ちょうど良い。タロス、来てくれ。紹介しよう」


「タロス。彼らは王都の吟遊詩人ギルドに所属していて、国の布告を歌にして国中を旅して回ってるんだ。王都に戻るところかい?」※2


「ああ、王都に戻る途中に寄らせてもらったよ。俺はアルベルトで、リーダーを務めてるリュート使い

だ。タロス君、君の歌の噂は聞いてるよ。東の風が熱くなってる今、祭りで活躍できるぜ。」


アルベルトの目が、俺の黒髪を一瞥する。


黒髪が珍しいのだろう。


「私はエレナ。ハープ演奏者よ。あなたの歌をぜひ聞かせてちょうだい。」


「ガレンだ」言葉少ないが、ニカッと笑う。


「タロスです。そんな大層なものではないです。よろしく」


「今夜はセッションと行こうじゃないか。布告さえ歌ったら、後は良いだろう? トーマス」


「店としては構わんが。」とトーマスはタロスをチラッと見る。


「俺としても願ったり叶ったりです。こっちの歌も聞いてみたかったし」


「それなら決まりだな」アルベルトは俺の手を取り、グッと握手をする。


その握力に、旅の熱気が伝わる。


ギルドのバッジが光る中、この出会いがどんな風を運んでくるのか、胸が少し高鳴る。



夕暮れの店内が、客のざわめきで熱を帯びる。


アルベルトの合図で、リュートが低く唸る。


まずは布告歌。王の軍備強化を煽る、戦意高揚のメロディ。


「乾杯をしよう。王の剣に、東の影を討て。忠誠の血を、勝利に捧げよ…」


エレナのハープが鋭く絡み、ガレンの太鼓が地を震わせる。


客の目が燃え、ジョッキが叩きつけられる。


田舎の人間はほとんど字が読めない。


慢性的な物資不足で疲弊した顔に、プロパガンダの炎が一瞬の活力を与えるのだろう。


若い男の姿が少ないのも、戦地への徴兵のせいか。


続いて祭りの公布の歌だ。


同じく字が読めない俺でも、吟遊詩人の祭りが王都で行われると歌で伝わってくる。


不満の溜まった日常を紛らわせる、娯楽の約束のように。


伝える事を歌にするなんて、これがプロの吟遊詩人なのか。


戦争の疲弊を、こんな風に塗り替えるのか。


「さぁ。こっちに来いタロス。聞かせてくれ」


俺はリュートを抱え、アルベルトの隣に座る。


アルベルト、エレナ、ガレンのそれぞれと目を合わせてから、リュートに目を落とし弦を弾く。


F Gm F Gm

「I see trees of green, red roses too…」


途中から3人が合わせて来る。さすがプロだ。


「What a wonderful world」


エレナが即興でコーラスを合わせる。


店内が一瞬、息を飲む。


公布を聞く場から、音楽を楽しむ場へと変化し、拍手が鳴り響く。


拍手の中でもう一曲続ける。


ガレンが始めた手拍子に合わせて、雑多だった拍手が統一されたリズムへと変わる。


音楽の中で酒場の中は一体となる。


最高のライブだ。


このハーモニー、学生時代のステージを思い出す。


疲弊した風に、ようやく優しい息吹が混じる気がする。



その夜は4人で飲んだ。


「君に乾杯だ、タロス。君の歌には何か力を感じる。あの不思議な一体感はなんなんだ?」アルベルトが

ジョッキを掲げる。


「その通りだわ。あのコーラスが湧いて風に乗る感じは、初めての体験だったわ。」


「確かにそうだ」ガレンは目を細めてジョッキを傾ける。


「君たちこそ、初めて聞く曲に即興で合わせてられるなんてさすがだよ」


「もう一度乾杯だ」アルベルトがジョッキをぶつける。


笑顔から真面目な顔をして、アルベルトが改めて言う。


「どうだろう。俺たちと一緒に王都へ行かないか?」


そこへトーマスが割って入る。


「おいおい、アルベルト」


「まぁトーマス。聞いてくれよ。タロスの才能は片田舎で腐らせるなんてもったいない。もっと多くの

人々に聞かせるべきだ。そう思わないか?」


「確かにそうだが。タロスの意見を聞こうか」


ジョッキを見つめながら俺は言う。


「セッションの一体感。客との一体感。忘れられないと思う。トーマスには世話になって恩を感じている

が...」


「あーあー。わかったわかった。確かにそうだよな。お前はいつまでも田舎に居て良い才能じゃない。行ってこい」


「ありがとうトーマスさん...」


「決まりだな」アルベルトが三度乾杯だとジョッキをぶつける。


夜が深まる中、過去話が始まる。アルベルトの戦争孤児エピソード、エレナの旅立ちの夢、ガレンの寡黙

な忠誠。俺もぼかしてバンドの記憶を語る。


この熱気、失った夢の続きみたいだ。


風が、ようやく吹き始めた。



※1: ギルドのバッジ: 王都ギルドの銀製竪琴型バッジ。加入者の証明で、旅人情報共有の合図として機能。非強制だが徴兵免除などいくつかの特権がある。

※2: 吟遊詩人ギルドの役割: 王都中心の緩い組合。布告歌の流布や祭り運営を担う。王都内へ宿泊する吟遊詩人同士のブッキングも調整する。識字率の低い社会で歌は重要な情報ツールとして機能。

11/3 追記 アルベルトの目が、俺の黒髪を一瞥する。黒髪が珍しいのだろう。

11/9 改行位置調整

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