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★What a Wonderful World ~異世界の着信音~  作者: 太郎アームストロング


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3/13

第3章:What a Wonderful World(Louis Armstrong)

本作は各章毎にイメージにマッチした楽曲をエピソードタイトルに添えております。

楽曲を視聴しながらお読みいただくとより雰囲気が増しますのでお試しください。

※エピソードタイトル:「What a wonderful world」Louis Armstrong(1964)

朝霧に囲まれた丘を、


修道士エドワードは朝祈(あさき)(※1)の帰りを


ベネディクト会の小さな修道院(※2)までの道を歩いていた。


いつもの道の脇の草むらに


人が倒れているのが見えた。


「また戦争難民だろうか?」


東の領主争いがもう何年も続いている。


祈りの言葉を口にしながら近づく。


ここらでは見ない黒髪の男性だ。


灰色の柔らかい服に血痕はない。


もう一度祈りの言葉を唱えながら


軽く触れて息があるかを確認する。


「生きてはいるようだ。」


汚れも無い服装を見て


「戦火を逃れてきたわりには綺麗な身なりだ」。


異邦人は珍しいが全く居ないわけでもない。


これも神の思し召しだろう。


まずは修道院まで運ぼう。



「ここは?」目を覚まし周りを見渡す。


石造りの天井に石壁。それに藁の寝床。


牢屋か?いや重そうだが木製のドアに窓もある。


窓の外を覗くと森の木と小さなバラ園が見える。


コンコン


ドアをノックして男が入って来た。


背の高い金髪の男で全身が黒い服を着ている。


手にはパンとコップが乗った盆を持っていた。


首にはロザリオをかけているから神父なのか?


「Num ad mentem rediisti.Quomodo te habes?」※3


聞き慣れない言葉。話しかけられるが何を言ってるのか解らない。


英語ではなさそうだし、どうしたらいいんだ。


神父は盆を小さなサイドテーブルに置くとさらに話しかけて来る。


「Te in via collapsum inveni et te sustuli. Meministine?」※4


「わからない」とあえて日本語で声に出し首を振る。


これで声は出せるが言葉が通じないと伝わってくれると良いのだが。


察してくれたのか神父は大きく頷き自身を指さして


「エドワード」と言い今度を俺を指さした。


少し戸惑っているともう一度同じ動作を繰り返し「エドワード」と言い同じく俺を指さす。


神父を真似て自分を指さし「太郎。高橋太郎」と答える。


エドワードは少し戸惑い思う。タロス……古い名だな。


さっと笑顔に戻り


「タロス、タロス、エドワード、エドワード。」


自身と俺を交互に指さし名を呼ぶがタロスではなく太郎なのだが言葉も通じないのでタロスでもいいだろ

う。


言葉の通じない相手になれている様子で安堵する。


続いてエドワードはパンとコップを指さし食べるように促す。


食事は本当に久しぶりな気がする。


遠慮なくいただくとしよう。


「いただきます」と手を合わせるとエドワードがそっと手を重ねてきて握るように手を合わせるように修正する。


なるほど日本とは違う食前の神への祈りだったか。


改めて手を握り祈る仕草をして食事をする。


ここはどこなのだろうか?


外国のようだがまるで映画の中のような古めかしい雰囲気だ。


それにあの白い場所での声は神の声だったのだろうか?



ここの世話になって3日ほどたった。


どうやらエドワードは神父ではなく修道士で、同じような修道士が10人ほど共同生活している。


ここは修道院だったようだ。


1日に8度の祈りを行い、自給自足の生活をしている。


非常に質素で、まさに清貧と呼ぶにふさわしい生活を送っていた。


夜の祈りの鐘が鳴るたび、礼拝堂から歌声が響く。


眠れぬ夜も多い。


「タロス。収穫した野菜を運んでくれ。」


「わかった。野菜。運ぶ。」


修道院の人たちとも馴染んできた。片言だが言葉も覚えてきた。


俺の出自は戦火から逃れてきた難民で、倒れる以前の記憶を失っているのだと思われている。


「タロス。食事にしよう。」


「わかった。今。行く。」


ここの食事も非常に質素で、肉類はなく野菜と豆の料理なのだが、エールを水代わりに飲む。


最初はエールばかり飲まされて困惑したが、特におもてなしの酒でもなく衛生的な水の入手が困難で代わ

りにエールを飲む習慣のようだ。


アルコール度数は低いのだが、これしか飲めないのもきついな。


食事をしているところにエドワードが話しかけてきた。


「食事中にすまないね。紹介したい人がいるから来てくれないか?」


「エドワード。わかった。」


ついていくと、体の大きい強面のおじさんがいた。宿屋の主人だったか。何度か見かけたことがある。


「こちらはトーマスさんだ。街で宿屋をやっている。ここのエールを買ってくれているんだよ。見かけたことはあるだろう?」


「こんにちは。トーマス。」


「君がタロスだね。うちの人手が足りなくてね。エドワードから話を聞いてるよ。どう? 働かないか?

君は修道士というわけでもないのだろう?」


「はい。修道士、違う。でも…」


「下働きだった子が王都に行ってしまってね。ちょうど下働き用の部屋も空いているんだ。給料は1日1ペニー(※5)で高くはないが、賄いの飯も出るし悪くはないだろう?」


…仕方ないか。生きるためだ。



修道院を離れ、トーマスと馬車で街へ向かう。


積荷はエールの樽。


道中、トーマスが教えてくれた。


「水を飲むと病気になる。だから各家庭でエールを作ってるんだ。修道院も寄付とエールが収入源さ。」


…水が危ない? 外国の常識か。


近代的な街を期待したが、やはり古いヨーロッパの町並み。


本当に映画の中だ。


トーマスの宿屋「ドランキングホースイン」※6。看板に酔った馬が描かれている。


1階が酒場、2階が宿。


屋根裏の部屋は狭く、藁のベッドと埃っぽい。


前任者の荷物が少し残ってる。


夕方になると酒場は盛況。エール運びと皿洗いで忙しい。


「タロス。奥のテーブルにエール3人分だ。」


「わかった。」


ブリキのジョッキを運ぶ。


「タロス。客足が切れてるうちに飯を食え。賄いを作ってある。」


「ありがとう。トーマス。」


修道院では出なかった肉類入り。悪くない。


…いつまで続けるんだ。


国名を聞いてもわからない。日本に帰れるのか?


いや、死んだんだっけ…。



1週間が過ぎた。


下働きの毎日。


…このままでいいのか。


何もできない。


物置部屋を掃除中、棚の上に埃の被った弦楽器を見つける。


ギター? 10弦だからリュートか。


埃を払い、手に取る。


もう少し弦を張れば使えそう。


コードを試す。F Gm F Gm…。


「弾けるのかい? タロス。」


後ろからトーマス。


見ていたらしい。


「歌、しらない。でも…」


「あんたの故郷の歌でいいさ。」


…仕方ないか。


「What a Wonderful World」を弾く。


着信音で何百、何千回と繰り返した曲。


俺の自信の1曲。


トーマス、目を見開く。


「お前、それは…!」


「明日は店の客の前で弾いてみろ。悪い反応にはならないはずだ。」



昨夜、トーマスに翻訳を手伝ってもらい、なんとか歌詞を形にした。


リュートの調整が終わった頃には朝。


…外国語習得に歌はいい手法だな。


練習時間はなく、上手くいくか。


夕方、いつもの客足。


小さな街、いつもの面々。


席が埋まったところでトーマスを見る。


静かに頷く。


リュートを抱え、皆の前に出る。


多少の注目。


「タロスが歌うのか?」


「いいぞー。」


「どんな曲だ?」


俺はゆっくり息を吐き、呼吸を整える。


リュートの弦を弾く。


「What a Wonderful World」。


F Gm F Gm…。


「I see trees of green(緑の木々が見える)

Red roses too(赤いバラも)

I see them bloom(咲いているんだ)

For me and you(君と僕のために)

And I think to myself(そしてひとり思う)

What a wonderful world(なんてすばらしい世界なんだ)

The colors of the rainbow(虹の色は)

So pretty in the sky(空で綺麗に見える)

Are also on the faces(通り過ぎる人々の)

Of people going by(表情にも美しさがある)

I see friends shaking hands(友達同士が握手をしている)

Saying, "How do you do?"(「ごきげんよう」と言いながら)

They're really saying(彼らは本当はこう言っている)

"I love you"(愛していると)」



酔っ払いの雑談も止まり、皆がこっちを見る。


店内が静まり返る。酔っ払いのグラスが止まり、皆の視線が絡みつく。


やがて、雷鳴のような拍手。


アンコールが沸く。


この歓声…この感覚…。


手を挙げて応える。


体から緊張が抜け、楽しくなる。


奢りの酒が振舞われる。


やりたかったこと。


成したかったこと。


ここで見つけた。


What a wonderful world。


なんてすばらしい世界なんだ。



※1:朝祈あさき:中世修道院の朝5~6時の祈り。

修道士(僧侶)が礼拝堂で詩篇を唱え、1日を神に捧げる。鐘で始まる。

※2:修道院:修道士(僧侶)が共同生活する施設。

祈り・労働中心。自給自足で教会(地域住民の礼拝所)とは違い宿泊機能あり。

※3:ラテン語「気が付きましたか。体調はどうですか?」

※4:ラテン語「道端に倒れていたあなを抱えて運びました。覚えてますか?」

※5:「1日1ペニー」平均的な1日の労働者賃金(パン1斤分)。

現代換算で数百円程度だが労働価値とパンの値段が現代の価値観と解離している。

宿と食事付きで生活可能。

※6:Drinking Horse Inn(酔った馬の宿)。中世イン風のユーモア看板。

11/2 追記 聞き慣れない言葉。

   修正 酔っ払いの雑談も止まり、皆がこっちを見る。

11/3 表現修正 タロス……古い名だな。

11/9 改行位置調整

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