第1章 Cleep(Radiohead)
本作は各章毎にイメージにマッチした楽曲をエピソードタイトルに添えております。
楽曲を視聴しながらお読みいただくとより雰囲気が増しますのでお試しください。
※エピソードタイトル「Cleep」:Radiohead(1992)
俺は太郎だ。
生きる意味はない。
死にたいとは思わない。生きたいとも思わない。
才能はない。出会いもない。
平凡以下の人間。平凡以下の人生。
気力もない。何かに挑戦したって、何も変わらない。
親はなぜ太郎なんて名前を…役所の紙に書いてあっただけか。
派手な名前でも、人生は変わらない。
毎朝6時、スマホのアラームで目を覚ます。
電子音。耳障りだ。…止める。
アパートのワンルーム。壁にシミ。
カーテンを開ける。
隣のアパートの壁しか見えない。
いつもと同じ。
安売りのインスタントコーヒーを胃に流し込む。
味はわからない。いつもこれ。
満員電車に揉まれる。
隣の咳、広告の嘘っぽい笑顔。職場に着く。
毎日、同じ小言。数字が足りないらしい。
どうでもいい。
経験不問、学歴不問の営業職。
何も期待しない。
歌で飯を食うなんて夢、考える気力もない。
大学を卒業していたら、何か違ったかもしれない。
…無駄な考えだ。
夜8時、閉店前のスーパーに駆け込む。
残った半額の総菜を買う。
帰宅する。
冷凍ご飯をレンジで温める。
食べる。味はわからない。
毎日、同じことの繰り返し。
何のために生きている?
わからない。
「何のために生まれて、何をして生きるのか。答えられないなんて、そんなのは嫌だ。」
『アンパンマンのマーチ』を、ぼそぼそと口ずさむ。
子どもの頃、テレビで聞いた曲。
答えられない。嫌な人生だ。
スマホの着信音が鳴る。
思考が止まる。
学生時代のデモ曲。「What a wonderful world」のギター。
未練はないはずだ。
…なのに、ずっと着信音のまま。
メールは見ない。
どうせ、くだらない。関係ない。
学生時代、講義をサボって音楽ばかりやっていた。
大学をやめた時、親と喧嘩した。
「学費を無駄にして、どうするつもりだ。」怒鳴られた。
どうでもよかった。
コピーバンドだった。いろんな曲を真似た。
いつかオリジナルを出す。それが夢だった。
あの頃は、まだ生きてる気がした。
ライブハウスのステージ。汗と笑顔。
ギターが響く。観客が揺れた。スポットライトが熱かった。
「What a wonderful world」を歌った。
世界を変えられる気がした。
でも、周りは変わっていった。
就職活動。卒論。一人、また一人、離れていった。
やりたくないことに必死になる意味が、わからなかった。
仲間からの連絡が減った。
ライブの予定も消えた。
夢はどこかで崩れた。
一人で歌う実力もない。
デビューする才能もない。
気付けば、何もできないまま。一人、取り残された。
「何のために生まれて…」『アンパンマンのマーチ』のフレーズ、似たことを歌ったっけ。
バカみたいだ。
「あの頃のみんなは、こうならないために必死だったんだな。」
着信音がまた鳴る。
同じ曲。…無視する。
全部、意味なかった。どうでもいい。
着信音に感化されたのか。
なんとなく、外の風景を見たくなり、屋上に上がる。
5階建ての安アパート。小部屋を詰め込んだだけ。
安全の配慮もない。屋上は自由に出入りできる。
足元に吸い殻が転がる。気にしない。
錆びた手すりに寄りかかる。
夜景とは呼べない。高さもない。
周りの無機質なビルの壁を眺める。
遠くのクラクション。冷たい風。
「I see trees of green, red roses too. I see them bloom for me and you. And I think to myself, what a wonde
rful world.」
口ずさみながらビルの下を覗く。
緑もバラもない。
ルイ・アームストロングの世界と俺の世界は別だ。どうでもいい。
下を見ていると、吸い込まれる感覚が来る。
目を閉じる。ルイの歌声が頭でリフレインする。「世界は素晴らしい…」嘘だ。
そのまま、落ちていく。耳に、かすかなメロディが響く
※本作は「What a Wonderful World」:Louis Armstrong(1967)をモチーフにしています。
11/2 誤字修正 アルーム→アラーム
表現修正 口ずさむ→ぼそぼそと口ずさむ
11/3 表現修正 そのまま、落ちていく。耳に、かすかなメロディが響く
11/9 改行位置の調整




