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死刑宣告を受けた悪役令嬢、目覚めたら魔王に跪かれていました  作者: 斎宮 たまき/斎宮 環


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第八話 神なき楽園、祈りの再生

 陽が昇る。

 かつて断罪と呼ばれた朝が、今は静かな祝福の光となって世界を包んでいた。

 灰色だった大地は芽吹き、黒煙を上げていた塔の跡からは清らかな泉が湧き出している。

 鳥の声が戻り、風が歌を運ぶ。

 誰もが泣きながら笑っていた。

 ――世界が、生き返ったのだ。


 私は城のバルコニーに立ち、その光景を見下ろしていた。

 かつて火刑台だったこの場所は、いまや「祈りの丘」と呼ばれている。

 断罪の地が再生の象徴へと変わる――その姿を見届けながら、胸の奥で静かにリオルの名を呼んだ。


 「見ていてね、リオル。あなたが守った世界は、今も息づいてる。」


 その声に応えるように、風が頬を撫でる。

 指先に残る微かな熱。あの日の温もり。

 私は目を閉じて微笑む。


 「陛下。」

 背後から声がした。

 振り返ると、元聖堂騎士団の若き長、ルカが跪いていた。

 白い制服の胸元には、純白の羽の紋章――リオルの“誓約の羽”の象徴が輝いている。


 「復興が進んでいます。魔族も人間も、共に働いています。

  ――これが、陛下の望んだ世界なのでしょうか」


 「いいえ」私は首を振る。

 「これは、私たち“みんな”の望んだ世界よ。

  誰かの上に立つためじゃない。誰もが生きるために、手を取り合う。

  その始まりが、ここにあるの。」


 ルカは深く頷いた。

 「では……この国に、正式な名を」


 私は空を見上げた。

 青と緑が溶け合う世界を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


 「――“ノアリア”。

  失われた箱舟ノアが、新たな地に辿り着いたという意味よ。」


 ルカが笑う。

 「素晴らしい名です。

  ならば、あなたはその箱舟を導く灯……“女王ノアリア”です。」


 私は首を振り、そっと微笑んだ。

 「私は王ではないわ。

  ――ただ、世界を見守る“祈り手”でいたい。」


 その瞬間、胸の中の羽がふわりと光った。

 周囲の空気が優しく震え、風が巻き起こる。

 花の種が風に乗って空へと舞い上がり、まるで祝福のように光の粒が降り注いだ。


 「……これは?」ルカが息をのむ。

 「リオルの“誓約”の力よ。」

 私は微笑む。

 「彼は、私の中で世界を見守っている。

  だから――もう祈ることを恐れないで。

  祈りは罰じゃない。未来を選ぶ行為なの。」


 その言葉を聞いた人々が、次々に膝をつき、手を合わせた。

 そこに神はもういない。

 けれど、ひとりひとりの胸の中に“光”があった。


 私は空を仰ぐ。

 まぶしい光の中に、ふと――見えた気がした。

 黒い外套を纏い、穏やかに微笑む彼の姿。

 その隣には、白い羽をまとった少女。

 ふたりは手を取り合い、どこまでも遠い空へと消えていった。


 「さようなら、リオル。

  そして――ありがとう。」


 風が答えた。


 『断罪の続きは、もう終わった。

  これからは、おまえが語る番だ――“生の物語”を。』


 私は微笑んだ。涙はもう、光の中で乾いていた。


 ――神のいない楽園に、祈りの声が満ちていく。

 赦しも罰もいらない世界で、人々はただ、互いに名前を呼び合った。


 その名のひとつひとつが、リオルの残した羽となって空へ昇っていった。


 そして、私の中の彼が囁いた。

 『愛している。それは終わりではなく、はじまりの言葉だ。』


 私はそっと目を閉じ、微笑んだ。


 ――そうね。

 断罪の物語は終わった。

 でも、祈りの物語はこれから始まる。


 この世界が、いつかまた迷うとき。

 その時はきっと、リオルの羽が道を照らすだろう。


 私は両手を合わせ、空に祈った。


 「どうかこの世界に、もう二度と“断罪”の火が降りませんように。」


 そして、朝の光が私を包み込む。

 新しい世界ノアリアの一日が、静かに始まった。

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