第七話 誓約の羽、再生の王女
――風が、静かに吹いていた。
空は透きとおるほど青く、まるで世界がひとつの長い溜息をついたようだった。
戦火の匂いも、断罪の鐘も、もうどこにもない。
ただ、手のひらの中に残る白い羽だけが、あの夜の証だった。
「リオル……あなたは、どこにいるの」
答えはなかった。
けれど羽は、微かに光を放っている。
まるで“まだここにいる”と、言ってくれているように。
足元に広がるのは、焦げた大地。
魔族の領域と人間の領域を分けていた“境界”が消え、
今はただ、ひとつの大地として広がっている。
私はそこに立ち尽くしていた。
静けさが、痛いほど優しい。
「レイシア様」
背後から声がした。
振り返ると、黒衣の兵士たち――かつてリオルに仕えた魔族の将たちが跪いていた。
その中の一人が、胸に手を当てる。
「魔王陛下の遺志を、我らが継ぎます。
どうか我々に、新たな王の名を」
私は首を振った。
「王はもう要らないわ」
彼らの表情が一瞬、揺れた。
「この世界は、もう秩序と支配で守られるものじゃない。
リオルが教えてくれた。
“王とは守るために跪く者”だって。」
私の視線は空を仰いでいた。
あの青の中に、彼の声が今も漂っている気がした。
「だから――私は跪く王になる。
誰かの上に立つんじゃなく、誰かのために膝をつく王女として。」
その言葉に、兵たちの表情が柔らかくなった。
風が吹く。
羽が宙に舞い上がり、七つに分かれた光が空へ昇っていく。
「……七つの羽」
誰かが呟く。
その瞬間、私の胸の印が淡く光った。
焼けた大地から緑が芽吹き、崩れた塔が光の粒となって空へ還る。
まるで世界そのものが“再生”を始めていた。
「リオル……あなたの力、まだこの世界に……」
風が頬を撫でる。
囁くように、声が聞こえた。
『世界を許せ、レイシア。そうすれば、俺はどこにでもいる。』
涙がこぼれた。
でも、もう悲しくなかった。
それは、痛みではなく“生きている証”のように温かかった。
私は羽を胸に抱く。
「ありがとう、リオル。
あなたの名は、私の中で永遠に生き続ける」
――その時だった。
空の彼方、王国の旧都跡から光が昇る。
白い衣をまとった少女が、ゆっくりと歩み出てきた。
その瞳は琥珀色。
どこか、リオルに似ていた。
「あなたは……?」
少女は微笑んだ。
「私は“誓約の羽”。リオルの魂の欠片。
あなたが彼を呼んだとき、わたしは生まれました」
「彼の魂……?」
少女は頷き、私の手を握る。
その温もりは、あの日の彼と同じだった。
「リオルは、もう姿を持たない。
けれど、あなたの中に“願い”として生きている。
だから、彼は決して消えない。」
私は泣きながら笑った。
「……そうね。あの人は、いつもそうだった。
消える時も、ちゃんと希望を残していく。」
少女は手を離し、空に向かって両手を広げる。
羽が風に舞い、光が世界中に散っていった。
「これで、世界は繋がる」
少女がそう言った瞬間、空の色が変わった。
境界線が完全に消え、空の青と地の緑がひとつになる。
新しい世界。
断罪のない世界。
誰もが赦し合える場所。
私は空を見上げ、静かに目を閉じた。
――リオル。
あなたが守ろうとした未来、今ここにあるよ。
私は、あなたが愛した世界で、生き続ける。
そして、再び歩き出す。
“断罪の続き”ではなく、“救いの始まり”として。




