第六話 神の影、裁きの王
空が震えていた。
光と闇の裂け目から、王国の神殿そのものが反転して浮かび上がる。
そこに立つのは、金の冠を戴く男――王。
けれどその姿はもう人ではなかった。
瞳は青白く光り、背には光の翼が六枚。
聖堂の神を宿した、神格化の儀。
「リオル、そして――我が娘レイシアよ」
その声は、神と王が混ざり合ったような響きだった。
「おまえたちは秩序を壊した。世界はひとつでなくてはならぬ」
リオルが前に出た。
「秩序のために命を奪うのが神の意志か?」
「命は秩序のためにある」
「違う。秩序は命を守るためにある」
言葉が刃になる。
ふたりの間に、雷光と闇がぶつかり合う。
大気が裂け、城の塔が崩れ、地の底から赤い炎が噴き出した。
「レイシア、下がれ!」
リオルが叫ぶが、私は動けなかった。
父の瞳の中に、確かに“かつての優しさ”が見えたからだ。
「お父様……どうして……」
「おまえを救うためだ。おまえを贄にすれば、この世界は癒える」
「それが救いだというのなら――私は拒む!」
胸の印が輝いた。
黒と白、二つの紋が重なり、眩い光を放つ。
空間が反転し、あの日の塔の上――断罪の記憶が現れた。
燃える空の下、私は火刑台に立ち、リオルは剣を握っていた。
そして、父は神官に囲まれ、涙を流していた。
『レイシア、赦せ。おまえを滅ぼしてでも、この国を守らねばならぬ』
その瞬間、私の中で何かが切れた。
炎が薙ぎ払うように、記憶の中の世界が崩れ、代わりに現在の空が開ける。
「もう赦す必要なんてない。
――私は、世界そのものを赦す!」
白い光が走った。
空を覆う光の翼が砕け、リオルの黒い剣と融合する。
彼が叫ぶ。
「レイシア、それは……境界の力!」
私の掌に、二つの世界の魔力が集まっていく。
光と闇が混ざり合い、まるで“夜明け”のような色になった。
「お父様。
あなたが守りたかったのは秩序じゃない。
――人を想う心、そのものだったはず」
王が沈黙する。
光の翼が一枚、また一枚と崩れ落ちる。
やがて、彼の瞳が静かに人の色に戻った。
「……レイシア。私は……間違えたのか」
「いいえ。わたしも、間違えていた。
でも、間違えたままで――人は生きていいの」
その言葉とともに、空が裂け、境界が閉じていく。
光柱が消え、静かな夜が戻る。
リオルが膝をつき、血のような黒い霧を吐いた。
「リオル!」
駆け寄ると、彼は微笑んだ。
「大丈夫だ。ただの代償だ。境界を閉じたのはおまえだ。俺の役目は終わった」
「だめ。置いていかないで」
「置いていかないさ」
リオルが私の手を取る。
「約束しただろう。おまえが呼べば、俺は行く」
彼の身体が光に包まれていく。
その光は暖かく、懐かしい。
私の指先が、彼の輪郭をなぞる。
「リオル……」
「呼んでくれ。その名を、もう一度」
「――リオル!」
名を呼んだ瞬間、世界が息を吹き返した。
闇が晴れ、青空が広がる。
けれど、彼の姿はもうなかった。
風が吹いた。
その風の中に、微かに彼の声が混ざっていた。
『断罪は終わった。次は、生きる番だ――レイシア』
私は微笑んだ。涙が頬を伝って落ちる。
空に向かって手を伸ばすと、白い羽がひとつ、掌に落ちた。
その羽は、確かに――彼のものだった。




