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皇帝の説得

 アルグランド帝国の中枢であり、象徴でもある皇族のための居住区。

 併設された皇子や皇女のための宮殿と呼び分けるため、“皇宮”と呼ばれることも多いその場所に今、私は足を踏み入れていた。


「すぅー……はぁー……あー、緊張するわね……」


 この場所を訪れた最後の記憶は、お父様の側近やお兄様達を虐殺し、その成果を見せびらかしに向かった時だ。

 だからどうしても、一歩進む度に罪悪感で心が痛む。


 一度目のあの過ちを……どうすれば償えるんだろう、って。


「これはレメリア皇女殿下、お久しぶりですね。本日はどうされたのですか?」


 沈んだ気持ちで廊下を歩いていたら、優しく声をかけられた。

 宰相ライゼス。お父様の右腕で、この頃の私にとっては天敵だった人。


 主に、お父様に会わせろという私の我儘を拒否するのが、いつもこの人の役回りだったという理由で。


 だからこそ……一度目の時、私が真っ先に殺した人でもあった。


「宰相閣下、おはようございます。実は、一つ皇帝陛下の裁可を頂きたい用件があって」


 罪悪感と、それによって生じる陰鬱な気分が表情に出ないよう、どうにか笑顔の仮面を被って礼を取る。

 所作に誤りはない……はずなんだけど、ライゼスの表情が少し険しくなった。


 ……何よ、私が嫌いなのは分かるけど、ただお願いを一つ聞いて貰いに来ただけで、そんなに睨まなくてもいいじゃない。

 まあ、自業自得なんだけど。


「陛下の、ですか……恐れながら、陛下はこれから会議でして……」


 申し訳なさそうな表情で、ライゼスは言う。


 まあ、いつものことだ。

 お父様は十年ほど前にクーデター同然に皇位を奪い取ったし、その統治手腕によって民からの信頼は勝ち取っているけれど、そのために旧来の利権や慣習は次から次へと破壊してしまったから、昔ながらの貴族からのウケは相当に悪い。たとえば、お祖父様とか。


 クーデター後も、国家運営のために残すしかなかった貴族達との関係の修復や調整で、十年経った今も大忙し。娘に構っている時間なんてあるわけがない。


 ……ティアラに愛情を注ぐ時間は、十分にあったけどね。


「知ってるから、別に構わないわ。ただ、私の外出許可さえ貰えればいいの。そうしたら、後はこちらで護衛を務めてくれる騎士を見繕って、勝手に行くから」


 ああ、ダメだ。

 私が悪いと頭では分かっていても、心の中にどす黒い感情が渦巻いてしょうがない。


 いくら変わりたいと願ったところで、私はどこまで行っても、血に塗れた鮮血皇女でしかないって分からされる。


 そんな自分の嫌な感情に蓋をするため、より強く意識して表情を取り繕い、皇族らしい所作を頭のてっぺんから足の指先まで完璧にこなす。


 余計なことを、少しでも考えないために。


「何を話し込んでいるのだ?」


 でも、そんな私の努力を嘲笑うかのように、今一番会いたくない人の声が聞こえてきた。

 アルグランド帝国皇帝……ファーガル・ゼラ・アルグランド。


 私の、お父様だ。


「陛下! いえその、レメリア様が外出許可を求めておりまして……」


「何?」


 ジロリと、お父様の鋭い眼差しが私を射貫く。

 面倒事を持ち込みやがって……とでも言いたげな、不機嫌さを隠そうともしない鬼の形相に怯みそうな気持ちをぐっと堪えつつ、私は用意していた言い訳を並べようと口を開いた。


「お忙しいところ申し訳ありません、皇帝陛下。しかし、私の外出には……」


「駄目だ」


「陛下にも……は?」


 私が何かを言うよりも早く、お父様は私のお願いに否を突き付けて来た。

 まだどこへ向かうのかも、何のために向かうのかも説明していないのに。


「話は終わりだ、皇女宮へ戻れ」


「ちょっ、陛下!? もう少し言葉を選ぶとかあるでしょう!?」


 ライゼスがお父様の態度に慌てているけど、私にとってはそんなことどうでも良かった。


 ただ……改めて、私ってこんなにもお父様に嫌われていたんだなって実感して、心が沈んでいく。


 冷たく、氷のように。


「西のルーラック男爵領は、陛下の治世のお陰で今年は豊作だと、今まさに皇族への支持を高めている途上にあります。前皇帝陛下の圧政によって、まだまだ反皇帝派が少なくないこの国にあって、ルーラック領のような地域はとても大切です」


 だからだろうか。

 逆に冷静になった私は、ただ淡々と自分の考えを口にすることが出来た。


 ライゼスのお陰で足を止めていたお父様は、自然と私の言葉が耳に届く。


「そのような地域に皇族たる私が訪問することは、陛下に対する支持基盤を確固たるものにする上で、大きな助けとなることでしょう。陛下は前皇帝と違い、民の暮らしにきちんと目を向けているのだと示す絶好の機会となります」


「……その程度のこと、私も近いうちにやる予定だ。第一、お前は毒殺されかけたばかりなのだぞ? 死にたいのか?」


「"近いうち"では遅いのです。加えて……実際に訪問する時が来た際、皇族を護衛して各地を巡る経験を騎士団が積んでいるかどうかも、陛下の身を守る上で重要な意味を持つでしょう」


 今のアルグランド帝国騎士団は、前皇帝が自分に逆らう反乱分子となることを恐れて大幅な予算と規模の縮小を断行した煽りで、周辺諸国のそれと比べて練度も数も経験も何もかも足りていない。


 皇族を引き連れての長距離行軍は、騎士団の訓練として恰好のイベントだ。まして……。


「それと……死にたいのか、とのことですが。死んでも誰も困らない皇女だからこそ、ちょうど良いんじゃないですか。第一、今いるこの場所よりは、遠く離れたルーラック領の方が間違いなく安全でしょうし」


 ……ここまで語り終えて、我ながらよくこんなに舌が回るものだって、感心してしまった。

 優しい皇女として、皇女宮の人達に真っ当に好かれるための言葉は何一つとして出て来なかったのに、心にもない言葉で相手を丸め込もうとしたら、こんなにもスラスラと美麗字句が飛び出してくるんだもの。笑っちゃうわ。


「…………」


「……陛下?」


 言いたいことは全て言えた……までは良かったけど、明らかにお父様の機嫌が急降下している気がする。

 まずい、流石にやり過ぎた? いくらなんでも、今ここで処刑なんてことになったら死んでも死にきれない。


 せめて、せめてメアの故郷を救うまでは生きないと……!!


「……分かった、好きにしろ」


「えっ」


 腰の剣が今にも抜き放たれるんじゃないか、もしそうなったらどうしようかと悩んでいた私にとって、その一言はあまりにも予想外だった。


 呆然とする私の前で、お父様は「行くぞ」とライゼスに声をかけ、歩き去っていく。


「ええと……あまり気を悪くされないでくださいね、陛下はレメリア様のことが心配なのです。護衛の騎士も、こちらで出来る限りの精鋭を用意しますので、ご安心ください」


 それでは、と言い残して、ライゼスも早足にお父様の後を追った。

 よく分からないけれど……これは、交渉が上手く行ったってことでいいのよね? そうよね?


 結局、皇女宮に戻った私は、後日正式に外出許可証が届けられるまでの間、ずっと半信半疑のまま悶々とした日々を過ごすことになるのだった。

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