周囲の変化
「はぁー……憂鬱だわ」
ようやく病室から解放されることが決まった私は、迎えが来るまで病室のベッドの上でゴロゴロと暇を持て余しながら、自分の行いを省みていた。
私を洗脳教育していた、お祖父様の手先……カロラインを追い出すため、私は自ら毒を飲んで、その罪を彼女に被せた。
飲ませていたのは事実だし、殺す意図がなかったとしても、皇族を洗脳しようとしていたんだから、処刑されるのが妥当だろう。
でも……"ありがとう"とか、"ごめんなさい"とか……ただ言葉を口にするだけのことはあんなにも大変だったのに、人一人を破滅させるのはこんなにも簡単に、何の躊躇もなく出来てしまった。
それがなんだか、いくらティアラのような優しい皇女になろうと思っても、私の性根はやり直す前から何も変わっていないんだって突き付けられているみたいで……気分が沈む。
「皇女宮の人達……メアにも、なんて思われたかな……」
あの時私は、カロラインを追い詰めながらも自分自身は助かるために、メアに「何かあれば入って来て」と頼んだ。
普通に考えれば、私が事前に何かあると分かっていなければ出て来ない言葉だろう。
そして実際に事が起こり、毒殺騒ぎによってカロライン女史はいなくなることになった。
つまりメアには……自然と、私が自らの策略で彼女をハメたのだと察せられるはず。
「せっかく……良い関係が築けそうだと思ったのにな……」
他に手はなかった。いや、あったかもしれないけれど、私には他に手段が思い付かなかった。
それでもやっぱり、メアが今後私を怖がって距離を置かれるかもしれないと思うと……寂しい。
こんな気持ち、やり直す前は一度だって感じたことはなかったのに。
「レメリア様……!!」
そんな風に思っていたら、医務室にメアがやって来た。
今回の騒動が起きたことで、皇女宮の使用人達は全員一度取り調べを受けることになっていたから、会うのは大体一週間ぶりになる。
久しぶりね、とそう声をかけようとして……。
「ご無事で良かったです!!」
もの凄い勢いで飛び掛かって来たメアに抱き締められたことで、そんな言葉も引っ込んでしまった。
「ちょっ、メア!? 一体何をしているの!?」
「聞きましたよ、レメリア様……!! カロライン様、いえ、あの女にこれまで、ずっと薬を盛られて、聞くのも恐ろしい拷問のような指導を受けていたのだと……!!」
「そこまでのことはされていないわよ!?」
薬を盛られたのは事実だけれど、別に拷問なんてされていない。
精々、あの薬を飲まされた後は一日中休憩もなしに勉強させられ続けて、ある時からはボロボロになるまで剣と魔法の訓練をさせられたくらいで……。
……ひょっとして、子供がやらされるには十分拷問のような指導だったのかしら? よく分からないわ。
「そんなことも気付かずに、私は!! レメリア様が、ついに優しい子になってくれたのだとただ喜ぶばかりで……!! 本当に申し訳ありません!!」
「えぇ……」
どうやらメアは、私が急に「優しい皇女になりたい」と言い出したのは、カロラインのせいだと思い込んでいるらしい。
決してそんなことはないし、もし仮にそうだったとしたら、彼女に対してするべきは処刑ではなく勲章を授与することだと思うのだけど……。
「レメリア様、もう無理はなさらなくていいのですよ。我儘を言っても、物を投げつけられても、私は気にしませんから!! ですので元のレメリア様に戻ってください!!」
「戻ったらダメでしょう!?」
そのまま行ったら、私には皇宮を血に染めて処刑される運命が待っているのよ!!
「あなただって、そんな手のかかる我儘娘は嫌でしょう? 私はメアに嫌われるより、好きになって貰えるような皇女になりたいの。だからほら、涙を拭いて、部屋に帰りましょう?」
「うぅ、レメリア様ぁ……!!」
どうしよう、全然泣き止まない。メアが壊れちゃったわ。
私がカロライン女史をハメたことに関して、メアが全く気付いていなさそうなのは良かったけど……これは喜んでいいものかしら?
若干途方に暮れながら、私はメアと手を繋いで部屋に戻る。
その途中、何人かのメイドとすれ違ったのだけど……全員、今回の事件が起きる前と後で、私を見る目が全く別物になっていた。
こう、「急に大人しくなるなんて、何を企んでいるのかしら?」みたいな目から、「こんな別人になるほど酷い教育を……お気の毒に」みたいな目に。
これって、私はどう受け止めたらいいの?
私の行動を怪しまれる心配がなくなったって安心すればいいのか、そういう恐ろしい教育で無理やり叩き直されない限り、私の性格は悪いまま決して直らないと思われていたっていう事実を怒ればいいのか、よく分からない。
「ほら、レメリア様。快復祝いに、シェフの皆さんがケーキを焼いてくださったんですよ。どうぞお召し上がりください」
「わぁ……」
悩みながら部屋に戻った私を待っていたのは、大好物のイチゴのショートケーキだった。
クリームたっぷりで、これでもかっていうくらいぎっしりとイチゴが載せられていて、いくらでも食べられそうな……って、いけないいけない。
「嬉しいけれど、こんなにたくさん食べたら夕食がお腹に入らなくなっちゃうわ。一切れだけ頂くから、残りはメア達、メイドや使用人のみんなで食べてくれる?」
目の前に置かれた大きなケーキを思うままに食べたら、私の小さなお腹はあっという間にいっぱいになってしまうだろう。
好き嫌いせずに食べる……それが優しい皇女の条件だと、メアも言っていたし。
甘いものばかり食べて、夕食が食べられないなんてことになったら、その条件から外れてしまうもの。
だからと言って、余ったものを捨ててしまうのも良くないでしょう。
やり直す前、気に入らない料理を見付けたら一口も食べずに不味いと言って投げ捨てて……料理を台無しにする度に、周りのメイド達から随分と険しい表情を向けられていたから。
きっと私の料理が羨ましかったんでしょうし、分けてあげれば喜んでくれるはず。
「そんな……レメリア様がケーキを我慢するなんて……!! 無理に我慢しなくていいんですからね? 食べたいものは好きなだけ食べてください!!」
「…………」
ねえ、なんで私はメアのアドバイス通りにしただけなのに、アドバイスした本人からこんなにも号泣されているの? しかも、すっごく私を以前の我儘な皇女に戻そうとして来るのだけど。
怖がられるならまだしも、こんな反応をされるとは全く思っていなかったから、どうすればいいか分からないわ! どうすればいいの!?
やっぱり、幼い頃に私の教師だったリリエル様の力が必要だわ!! あの方は侯爵家の出身だったはずだし、どう振る舞えば良い皇女として見て貰えるかよく熟知しているはず。
宰相のライゼスには、断られたら無理にとは言わない、なんて言っちゃったけど……お願い、断らないで!! そしてどうか、私に道を示してちょうだい!!
大泣きしながらケーキを食べさせようとしてくるメアに遠い目をしながら、私は心の中で必死に祈りを捧げるのだった。