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宰相ライゼスの勘違い(?)

 皇女レメリアが、担当教師に毒殺されかけた。

 そんな話は、一瞬にして皇居中を駆け抜け、当日中にはあらゆる人間が知るところとなった。


 それは、皇居の中でも特に大きく豪華に造られた、皇帝専用の宮殿……皇宮にて日々政務を執り行う、アルグランド帝国皇帝、ファーガル・ゼラ・アルグランドも例外ではない。


「……皇女が毒殺だと? あの教師に?」


「はい、取り調べはこれからですが、間違いないようです」


 ファーガルに伺いを立てるのは、彼の右腕として数多くの仕事を受け持つ側近中の側近、宰相ライゼスだ。


 主同様にまだ若く、三十代手前といった年齢の彼からその報告を齎された時、ファーガルの脳裏に浮かんだのは純粋な疑問だった。


 なぜ、殺す必要がある? と。


「あの教師は、叔父上が手配した者だったはずだな?」


「ええ、エスカレーナ公爵家と関わりの深い、ルーダ伯爵家の人間です。財政的な結び付きも強く、多くの恩恵を受ける立場ですし、裏切るとは到底思えませんが……」


 ファーガルとライゼスの二人は、レメリアは公爵から溺愛されているのだと認識していた。


 当主であるランディ自身、足繁く皇女宮に顔を出しているし、我儘放題のレメリアが追い出した教師の代わりを手配したのも彼だ。


 レメリアが欲しがる宝石やドレスなどの贅沢品も、そのほとんどをランディが公爵家の金から買い与えていたはず。


 そんな公爵が、孫娘を殺すような指示を出すとは思えない。

 同じ理由で、教師がレメリアを殺すメリットもないはずなのだが……。


「まあ、いい。どちらにせよ、皇族に手を掛けたのだ、こちらで処理したところで、叔父上も文句は言うまい。ただし、殺す前にしっかり情報は吐かせろ」


「承知しました」


 話は終わったとばかりに、ファーガルは政務に戻る。

 机の上に積み上げられた書類を、無表情のまま淡々とこなす主君の姿に、ライゼスは心の中でこっそりと溜息を零した。


(やれやれ、本当は心配しているんでしょうに、強がっちゃってまあ)


 ライゼスは、元々平民として生まれ育ち、悪知恵の働くその頭と剣の腕を頼りに傭兵として名を挙げたところを、当時まだ十代だったファーガルに見出されるような形で皇宮にやって来た。


 ファーガルがクーデターを企む前から仕えているだけあって、ライゼスには彼の考えていることはある程度お見通しである。


(まあ、ゴリゴリに政敵のエスカレーナ公爵家の縁者だし、あまり表立って関われないのは分かるけどね)


 ファーガルの叔父であるランディ公爵が、今なお皇位を諦めていないというのは、誰の目にも明らかだ。


 そんな公爵が溺愛しているレメリアを、ファーガルの立場であまり甘やかすわけにもいかない。

 そもそも、公爵の娘と結婚したのも、皇位簒奪直後の不安定な政情を安定させるための、政略結婚でしかなかったのだから。


 それでもなお、ファーガルがレメリアを気にかけているのは……彼自身が、そういった政略結婚によって生まれ、両親どちらからも愛されることなく育った身の上だからである。


 気にかけながらも、結局は同じことを繰り返してしまっている己に、罪悪感を抱きながら。


(まあ、陛下のご機嫌がこれ以上傾かれても困るし、ちゃちゃっと調査しますかね)


 軽く伸びをしながら、ライゼスは執務室を後にし、カロラインが囚われている地下牢へと向かった。


 そこで今も行われているであろう尋問に参加し、情報を引き出すために。





 数日間をかけて調査し、尋問を重ねることで得た結論に、ライゼスはドン引きしていた。


 カロラインは、レメリアを立派な皇女に成長させるために、薬や魔法を使って性格を矯正しようとしたのだと。毒殺の意思はなく、あの日はたまたま分量を間違えただけなのだと、連日同じ主張を繰り返したのだ。


「確かに、我儘な皇女様だという話は聞いていたが……薬を使ってそれを矯正? 正気じゃないだろう」


 ライゼスからすれば、レメリアくらいの子供など我儘で当たり前だ。


 皇女という立場のせいで、癇癪一つ起こしただけで大事になるという問題はあるにせよ、それも時が経てば収まるものだと楽観視している。


 それを、薬や魔法の力を頼って無理やり正そうなどと、教育者のすることではない。


(あの女を処刑することはもう確定として……一応、皇女様の様子も確認しておくか)


 これまでは、放っておけばエスカレーナ公爵家の人間が上手いこと教育していくのだろう、程度にしか思っていなかったが、こんな事実を知ってしまうと流石に気になる。


 皇宮に併設された、皇女専用の皇女宮へと足を運んだライゼスは、既に目を覚ましたというレメリアの下を尋ねるべく、医務室へと向かった。


「あら……宰相閣下、お久しぶりでございます。このように床に伏したままでのご挨拶となりましたこと、謝罪させて頂きます」


「…………」


「宰相閣下?」


「あ、ああ、すみません、皇女殿下。あまりにも完璧な所作でしたので、つい目を奪われてしまいました」


「あら、お上手ですね」


 くすくすと、ベッドに横になったまま上品に笑うレメリアを見て、ライゼスは猛烈な吐き気を覚えた。


 ……あまりにも、完璧過ぎる。


(あの教師が来るまで、授業をサボってばかりでロクな品位もマナーも身に付けていない我儘娘だったんだろう? それが、担当教師となってまだ半年と経っていないはずなのにこれか? ははっ、ありえない……!! 一体、どれだけふざけた洗脳を施したんだ!?)


 自分の認識が甘かったと、ライゼスは内心で吐き捨てる。


 薬を使った性格の矯正と言っても、精々授業に少し集中して、物覚えがよくなる程度のものだとカロラインは語っていた。


 だが、この様子を見る限り、とてもではないがその程度の生易しい洗脳とは思えない。

 根本から性格を書き換えて、知識を強制的に植え付けたのかと妄想紛いの邪推をしてしまうほどだ。


 その考えは、「カロラインのことをより深く調べるため」という名目でレメリアと会話を重ねるほどに、より強くなっていく。


「皇女殿下は、彼女にどのようなことを習ったのですか?」


「色々、ですよ。とても数え切れませんし、これ、と特定出来ることでもありません。ただまあ……そうですね、彼女がここに持ち込んでいた教科書の内容は、すべて学び終えていますよ」


「……全て、となると……帝国史だけでなく、周辺諸国の知識も十分、ということですね。ローグウェル王国の前身、ローガード王国が滅んだ理由は……」


「北の蛮族の襲来で大きな被害を出し、政情が不安定になったことで国が三つに割れたことが原因ですね。国王派、貴族派、革命派で激しく争った末、革命派の指導者、カエルスが勝利し、新たな国王となりました。太陽暦1163年のことです」


「……正解、です」


 とてもではないが、八歳の子供が持っていていい知識量ではなかった。


 衝撃のあまり閉口するライゼスに、今度はレメリアの方から話しかけられる。


「宰相閣下、私の次の教師について、お願いがあるのですが」


「……なんでしょう?」


「リリエル様を、呼び戻して頂けないでしょうか。一度彼女を追い出してしまった私が、このようなことを言うのは烏滸がましいかもしれませんが……」


 リリエルは、レメリアにとって初めてついた専属の教師であり、今は亡きレメリアの母の親友だった人物だ。


 まだ五歳だった頃のレメリアの癇癪に耐えかねて、早々に辞めたはずだが……。


「なぜ、その者を?」


「他に、信用出来る人間がいないからです」


 あまりにもハッキリと、子供の言葉とは思えない重々しい発言が響く。


 それでも、ライゼスは何とか問いかけた。


「……公爵閣下……あなたのお祖父様は……」


「一番、信用ならない人ではありませんか。宰相閣下が、それを誰よりも分かっているはずでしょう?」


 ああ、とライゼスは悲しみのあまり涙すら零れそうになる。


 この少女は……確信しているのだ。

 自分に毒にもなるような劇薬を盛り、洗脳に等しい教育を施したのは、実の祖父による命令なのだと。


「……承知しました。そのように手配するよう、担当の者に伝えておきます」


「お願いします。もちろん、リリエル様が拒否した場合は、無理にとは言いませんから。ただ、その時はしばらく、教師は必要ありません」


「……はい。では、失礼します」


 話し合いを終え、ライゼスは部屋を後にする。


 一人廊下を歩きながら、ライゼスはレメリアの変化をこう評価した。


(恐らく……カロラインの洗脳は、彼女の想定以上に皇女様に()()()()()しまったのだろう。その結果、洗脳しようとした本人すら手に負えないほど、賢い少女になってしまった……)


 あるいは、カロラインが分量を間違えたというのも、レメリアの仕業なのではないか?

 今や、そんなありえない妄想すら浮かぶ。


(陛下に、どう報告したものか……)


 あなたの娘は洗脳され、元の面影すらないほど性格を書き換えられてしまいました。


 今からそんな報告をしなければいけないのかと、ライゼスは頭を抱える。


 こうして、レメリアの意図せぬところで、カロラインの罪状が一段と重くなるのだった。

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