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教育係を追い出す方法

「はぁ……優しい皇女になるって、大変なのね」


 食事一つ、出されたものを完食しただけで……それはもう、大騒ぎになってしまった。


 今や、皇女宮はどこもかしこも私の噂で持ちきりで、一体何があったのかと様々な憶測が飛び交っているんだとか。


 正直、納得がいかない。


「でも……私の過去の所業を考えれば、当然か」


 この頃の私は、ただお父様に会いたかった。

 会いたいという願いを誰一人叶えてくれない、誰もが私に意地悪をする"敵"なんだと思い込んでいた。


 だから、私も意地悪してやろうという気持ちになっていたんだと思う。

 困らせて、傷付けて……少しでも、私にやられていることの仕返しをしてやろう、って。


 我ながら、なんてバカバカしい。

 でも……自虐してばかりもいられないわよね。


「レメリア様、そろそろ先生が来るお時間です。教室に移動しましょう」


「分かった……今行くわ」


 メアからの連絡を受けて、私は自室のベッドから起き上がる。


 ……いくらお父様から嫌われているとはいえ、私だって一応は皇族の人間だ。だから、それに相応しい存在になれるようにと、教師を付けられていた。


 ただ、私は「勉強が出来ればお父様が褒めてくれる」っていう励ましの言葉が信じられなくなって、何人もの教師を辞めさせて……そうして最後に割り当てられたのが、今の教師。


 お祖父様……ランディ・ゼラ・エスカレーナ公爵の推薦でやって来た、カロライン先生だ。

 確か、何かしらの分野で博士号を持ってるんだっけ?


「レメリア様、ようこそいらっしゃりました」


 私が勉強するためだけに用意された、“教室”と呼ばれる部屋。そこには、一人の女性が待っていた。


 鋭い目付き、顔の皺を隠すためのやたら濃い化粧、香水の匂いもやたらと漂わせていて、初対面の印象は最悪だった覚えがある。


 そんな彼女だけど、私の教師を八歳から十五歳までの七年間務め上げ、不真面目かつ暴力的だった私に皇族としての知識とマナーを教え込むことが出来たほぼ唯一の人だ。それはなぜか?


 答えは、今テーブルの上に置かれたティーカップにある。


「さあ、今日もお茶菓子を用意しておりますので、一息吐いたら勉強を始めましょう」


 勉強の前に、彼女は必ず自らの手で用意したお茶とお菓子を私に与えていた。

 これを口にすると、不思議と気分がフワフワして……時間が経ったことも忘れてしまうほど、勉強に集中出来た。そう思い込んでいた。


 でも、今なら分かる。

 このカロラインは、私に薬を飲ませて……その効果と併用して、催眠・洗脳系の魔法をかけていたんだって。


 この女を解雇して、二度とこの皇女宮に近付けないようにする。

 そうしないと、私自身がいくら優しい皇女になりたいと願っていても、また同じ過ちを繰り返してしまうでしょう。


 それだけは、絶対に阻止する。


「まあ、美味しそう。ありがとうございます、先生」


 にこりと笑顔を見せながら、私はカップを手にして口元に運ぶ。

 軽く匂いを嗅ぎ、少量舐め取って……やっぱりか、と確信した。


「すみません、急にトイレに行きたくなったので、少々お待ち頂けますか?」


「ふむ……仕方ありませんね、早く戻って来るのですよ、時間は有限なのですから」


「はい」


 部屋を飛び出した私は、すぐに医務室を目指して走り出した。扉の前に待機していたメアには、「トイレに行くだけだから」と同行を断って。


「さて……上手く行ってくれればいいけど」


 カロラインは、お祖父様の指示で私を洗脳したんだろう。強引に教育を受けさせつつ、都合のいい駒として利用するために。


 そのお陰で、過去に戻って来る前の私は、知識に関してはかなり優れていた自覚があるし……最後は、お父様を害する刺客として使い潰そうとしていただけあって、暗殺に使うような薬物もよく知っている。


 だから、すぐに分かったわ。


 あのお茶の中に含まれていたのが、この国で拷問用によく用いられる自白剤の類だって。


「あったわ」


 運良く誰もいない医務室に忍び込むことが出来た私は、()()()()()人間しか絶対に見つけられないであろう隠し棚の中から、目当ての薬を盗み出す。


 ……自白剤とは言うけれど、この薬の効果は対象を酩酊させて、誘導尋問や催眠暗示にかかりやすい状態に持っていくことだ。


 即効性のある強い薬だけど、普通に使う分には体への害は少ない。でもね。


 私みたいな子供に、適量を大きく超える薬を飲ませれば、それは容易に人を殺す“毒”になるのよ。


「あ、レメリア様、遅かったですね。何かあったのかと心配してしまいましたよ」


「ごめんなさい、メア。迷惑ついでに、一つ頼まれてくれる?」


「なんでしょう?」


「部屋の中から物音がしたら、すぐに入ってきて」


「? はあ……分かりました」


 頼んだわよ、と言い含めて、私は教室に入る。

 そこには当然、待ちくたびれてイライラした様子のカロラインがいた。


「お待たせしました、先生」


「ようやくですか、遅いですよ。早くお茶を飲んで、勉強を始めましょう」


「すみません、すぐに」


 にこりと笑いながら、私はお茶を手に取って……そこで、少しだけ緊張して、動きを止めてしまう。

 失敗したらどうしよう、って気持ちが恐怖心となって身を竦ませるけど……すぐに、私にはこんなことで立ち止まる資格なんてないって、思い直した。


 私が殺して来た人達には、恐怖で足を止める権利すら与えられなかったんだから。


「んっ……!」


 一気に流し込んだお茶と一緒に、口の中にあらかじめ仕込んでおいた薬剤も飲み込んだ。

 私にとっての致死量を優に超える、大人用に調整された自白剤を。


「うッ……!!」


「きゃあっ!? な、何ですか!?」


 カップが砕け、派手に音を立てながら倒れ込んだ私に、カロラインが悲鳴を上げる。

 同時に、物音に気付いたメアが飛び込んで来た。


「レメリア様、一体何が……レメリア様!? これは一体!?」


「ち、ちが……! 私じゃない、私じゃないわ!!」


 床に倒れた私、割れたティーカップとぶち撒けられたお茶。この構図を見れば、お茶に毒を盛られたのだろうと推察するのが自然。


 そして、このお茶を淹れたのはカロラインであり、調べれば彼女が普通なら持ち歩いているはずもない薬を持っていることだって、すぐに分かるでしょう。


 これで、彼女はもう“詰み”だ。二度と光の下なんて歩けない。


 そして、私は全身を薄らと魔力で強化しておいたから、即死はしない自信がある。

 同時に、お父様の皇位継承があまりにも血生臭かった影響から、皇族のお世話をするメイドは全員、毒殺対策に必ず嘔吐剤を持ち歩くよう義務付けられていたはずだ。


「レメリア様、これを!! この薬を飲んでください!!」


「うぶ、うっ……」


 メアが私の口に薬をねじ込み、水の魔法で強引に飲み込ませた。


 直後、胃が丸ごとひっくり返るような勢いで嘔吐し、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した私を、メアは自身が汚れるのも構わず抱き上げる。


 ……上手く、行った。後はもう、流れに身を任せるだけでいい。


 最後に、青ざめた表情で私を見つめるカロラインと目が合った私は、ふっと笑みを浮かべて……そのまま、意識を失った。

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