暴かれる悪事
レメリアの話を聞いた後、セルマはすぐに行動を始めた。
炊き出しの忙しさもあって、大勢の神父とシスターが大聖堂に集まっている今なら、横領の証拠を見付けやすい。むしろ、これ以上の隙などないという理由だ。
(横領……本当は、もしかしたらって思ってました。そんなことあるわけないって、信じたかったのに……)
シスターをやっていれば、日々どれくらい寄付金が集まっているかは自然と分かる。
そのほんの一部でも孤児院に回してくれれば、と何度思ったか分からないし、直談判だってした。
毎回、他にも救いを求める人の手は多いから、とそう断られていたのだ。
それが……本当は自分達の懐に入れていたというレメリアの話を信じるなら、とても許せない。
(でも、まだそうだと決まったわけじゃありませんから)
人の善意を信じ、寄り添うのがシスターの仕事だとセルマは考えていた。
だから、いくら疑わしいからと最初から決め付けてしまうのは矜恃に反する。
(どうか、皇女様の勘違いでありますように)
そう願いながら、向かう先は孤児院の院長が仕事をする執務室だ。
ここに、孤児院の収支を記した帳簿があるはず。
それを見れば、真実が分かるはずだ。
「院長、いませんかー……?」
声をかけながら扉をゆっくりと開けるも、誰もいない。
ホッと胸を撫で下ろしながら、セルマは部屋を物色し始めた。
「違う、これも違う……あった、これだ!」
帳簿自体は、すぐに見付かった。
そこに記された数字に矛盾があれば、と思ったが……パッと見では、おかしなところはないように思える。
やっぱり、不正などなかったのだろうか?
一瞬そう考えるのだが……ふと、違和感を覚えた。
「孤児院の食費……こんなにもかかってた……?」
孤児院の人手は常に足りていないため、業者にお金を払ったり、購入した物に間違いがないかチェックしたりといった仕事も、セルマは何度もこなしていた。
だからこそ、記憶にある数字と、実際に扱った金額に齟齬があることに気付いてしまう。
「ここも……ここも」
一つ気付けば、芋づる式に他の数字の矛盾にも気付いていく。
メモ用紙の一つでもあればこの場で計算するのだが、それは叶わないのでざっくりと暗算し……細かいところから少しずつ、合わせて相当な金額が使途不明のまま消えていることは確信した。
「後は、私の書いた取引記録さえ見つかれば……!」
横領の、動かぬ証拠になる。最低でも、皇室の立ち入り調査くらいは入るだろう。
ふつふつと湧き上がる怒りのままに、セルマは証拠探しを続けていく。
だからこそ、気付けなかった。
自身の背後に迫る影が、その手に凶器を握り締め、今まさに振り下ろそうとしていることに──
「あら、何をしているのかしら……トートン神父?」
「っ……!?」
「え!?」
思わぬ声に反応したセルマが、ようやく自身の背後に立つ男……トートン神父に気が付く。
同時に、開いたままの扉に寄りかかるようにして立つ、レメリアの姿を目にした。
「皇女様……本日は、お越しにならないと聞いておりましたが」
「私が主催の炊き出しなんだもの、様子を見るくらい構わないでしょう? でもまさか……その結果、こんな場面を見ることになるとは、思わなかったけどね?」
話を逸らすトートンに対し、レメリアは白々しく言い放つ。
一方のセルマは、頭が混乱していた。
温厚で優しいトートンが、今まさに自分を害そうとしたという事実を受け止め切れなかったのだ。
そうしている間にも、二人の話はセルマと関係なく進んでいく。
「余計なことをすればどうなるか……レレム皇妃が、警告しているはずですが」
「そうね。だから今日は、私からも一言言いに来たの」
レメリアの眼差しが、一層鋭くなる。
夜の闇よりもなお暗く、深い憎しみの篭ったその瞳に、セルマの方が「ひっ」と喉を引き攣らせてしまった。
「私の大切なものに手を出して、タダで済むとは思わないで欲しいわ」
「はははっ、何がどうタダで済まないというのですか? どうせあなたは……今日ここで起きたことを、全て忘れてしまうというのに」
どういう意味だろうと、セルマは腰を抜かしたままトートンを見て……その手に握られた、奇妙なピンク色の液体に気付く。
「この薬は、“女神の涙”と呼ばれておりまして。摂取すると、強烈な酩酊感と共に悲しい思い出の全てを洗い流してくれる、という代物です」
「要するに、麻薬ね」
なるほど、とレメリアは納得したように呟く。
「それが、教会が一丸となって隠し続けた本当の秘密……横領した金の使い道ってわけか」
「ええ、ちまちまと小銭を掠め取るより、よほど大きな利益が見込めますから。それに……こういった予想外の事態にも、対応出来ますしね」
片手に薬を、もう片方の手は捨てたナイフの代わりに魔力を宿す。
そのまま、じりじりと追い詰めるように迫るトートンに……レメリアは、余裕の笑みを浮かべた。
「それはつまり、皇女に手を出すということ?」
「どう捉えて貰っても構いませんよ。どうせ何も分からなくなるのですから」
「……そう。なら、皇族が介入する口実としては、十分ね。そうでしょう?」
レメリアが、頭上を振り仰ぐ。
直後、部屋の天井が爆発した。
「きゃあぁ!?」
「な、なんだ!?」
穴が空いた天井から降ってきたのは、黒い衣服に身を包んだ怪しげな男達。そして……。
「え……お父様!?」
なぜかレメリア本人まで驚いている、この国でもっとも高貴なる人物。
アルグランド帝国皇帝、ファーガル・ゼラ・アルグランドだった。
「どうして、ここにお父様が……?」
「お前が言ったのだろう? 今日一日でいいから、どうしても新しい護衛を一人欲しいと。だから、来てやったのだ」
「確かに言いましたけど……まさか、お父様まで来るなんて……」
「俺では不満か?」
ファーガルが、レメリアをじっと見つめる。
それに対して、レメリアもまた元の冷静な顔付きに戻り、笑みを浮かべた。
「いえ、最高の援軍です。ありがとうございました」
「ならばいい。さて……」
ファーガルの眼差しが、トートンを射抜く。
レメリアとよく似たその瞳に、彼は「ひっ」と情けない声を上げた。
「では、一から説明してもらおうか。俺の娘に、何をしようとしていたのかを」




