セルマとの交渉
テイルが連れて来たシスターを、穴が空くほどにじっと観察する。
……正直、これは賭けだ。
やり直す前に教会の闇を暴いたシスターが誰か分からない上に、孤児院にいても限られた子供達、限られたシスターとしか関わらせて貰えなかったから、百パーセント信じられるシスターを見付けられなかった。
だから、託した。
子供達の中で、一番誰からも警戒されていなくて、一番フラットに物を見られそうだったテイルの感性に。
一番信頼している、一番好きなシスターを連れて、今日この場所に来て欲しいと。
買収したリリーを介して、伝えて貰ったの。
「皇女様が、どうしてここに、お一人で……? あ、すみません挨拶もなく! 私はセルマと言います、お初にお目にかかります!」
「そうね……本当は、もう少しじっくり親睦を深めて、お互いに信用を得てから動きたかったところだけど。もう、あまり余裕もないから、単刀直入に言うわね」
挨拶は軽く聞き流しながら、いきなり本題に入る。
私の真剣な態度で緊張している様子のセルマが、どんな反応を見せるのか……私自身、緊張しながら。
「私は、教会が皇帝陛下からの支援金を不正に受給し、あまつさえそれを着服していると考えているの。ここへは、その証拠を掴みに来たわ」
「…………え?」
たっぷりと間を置きながら、セルマの口からはただその一言だけが漏れる。
そんなことあり得ないと否定するでもなく、その通りだと認めるでもなく……ただ、葛藤するように胸を押さえ、目を逸らした。
「証拠はない、と仰りましたが……どうして、そう思ったのですか?」
「ルミナ教は、この国の国教よ? 国民全員が信徒で、毎日相当な数の人間が教会に出入りしてる。当然、その分だけ集まる寄付金だって膨大で、あまつさえ陛下からも相当な額の支援金を受け取っているのよ? それなのに……そのルミナ教の中心である皇都の教会が、予算不足で孤児院の経営すらままならない? 不自然でしょう、それは」
孤児の子供達は、みんな痩せていた。
骨と皮だけとまでは言わないにせよ、私と会わせて問題ないとみなされた五人でさえ、年齢を考えると線が細くて、「ちゃんと食べてるの?」って何度聞きたくなったか分からない。
着ている服も所々解れた古いものばかりで、建物の補修がされている様子もなく、仕事は孤児達の持ち回りだから人件費も抑えられていて……なのに、私がいる時に用意されるおやつは、妙に高いものだった。
もちろん、私が日々食べている物と比べれば安物だ。
でも、アフィーに聞いた限りでは、平民基準だとちょっと裕福な家庭でないとなかなか手が伸びないような代物だったみたい。
私がいるから、無理をして用意した? 確かに、その可能性もある。
でも私は……この孤児院で、“おやつ”になりそうなものが、それくらいしかなかったんじゃないかと予想した。
私腹を肥やす連中が、自分達で楽しむためだけに用意したものしか。
「私は不正を暴き出して、人の善意に付け込む悪党を懲らしめてやりたいの。セルマ、協力してくれないかしら?」
……私は、一体何を言ってるんだろう。
私だって、今まさにセルマの善意に付け込んで、レレム皇妃に復讐したいっていう身勝手な目的のために、利用しようとしているのに。
胸の奥が罪悪感でじくじくと痛むのを感じながら、セルマの反応を待っていると……彼女は、決然とした表情で顔を上げた。
「協力する前に、一つだけ約束して頂けませんか?」
「何かしら?」
「仮に、不正が真実だったとしても……しばしの間、皇帝陛下からの支援金を継続して頂きたいのです」
信徒から受け取った支援金を過小報告し、大して重要でもない慈善事業を名目に、陛下から金を巻き上げた。あまつさえ、そうして得た支援金さえも着服し、私腹を肥やし続けた。……組織的に。
これが真実だった場合、どう考えても支援金は打ち切られるし、何なら不正に集めた分のお金を返済するよう命じられるかもしれない。
でも、もしそうなった時に一番被害を被るのは、これまですら支援の名目として利用されるだけ利用され、何の恵みも受け取っていない孤児院の子供達だ。
「厚かましいお願いであることは、重々承知しております。ですが、孤児院の子供達には何の罪もありません! 教会が……私が責を負うのは構いませんが、どうか子供達だけは、寛大な処置をお願いしたく!!」
どうか!! と、セルマが頭を下げる。
……彼女自身、分かっているはずだ。それがあまりにも虫の良い話だってことは。
場合によっては、自分も同じように甘い蜜を吸おうとしていると解釈されたっておかしくない。
そうではないと証明する術があるとしたら……それこそ、横領に関わりがあろうとなかろうと、シスターを辞めて孤児院を去るしかないだろう。
なのに、セルマは全て覚悟は出来ているとばかりに、堂々とそれを口にしている。
その姿は、あまりにも……眩しい。
「…………」
すると……テイルが、その小さな両腕をめいっぱい広げて、私とセルマの間に立ち塞がった。
「テイル!? 一体何をしているの!?」
セルマが慌てて下がらせようとしているけど、テイルは一歩も退かなかった。
私が孤児院に足を運んだ三日間、一度として見ることは叶わなかった、テイルの真剣な眼差し。
幼い体から溢れ出す敵意が、雄弁に物語っていた。
ボクの大好きなセルマを、いじめるな、って。
「そう……うん、分かった」
二人の行動で、私は確信した。
セルマを、テイルを信じた私の判断は、きっと間違っていなかったって。
「アルグランド帝国第一皇女、レメリア・ゼラ・アルグランドの名において誓いましょう。教会の不正を暴いた暁には、孤児院の現状を必ずや改善し、子供達に未来の選択肢を与えることを」
トロンが、神父という職に希望を持てるように。
リリーが、彼女の望む輝きを得られるだけの知識を身に付けられるように。
ララやモモが、将来に夢を抱けるように。
テイルが……自らの足で、これからの人生を切り開けるように。
それを果たすのが、身勝手な気持ちでこの子達の善意を利用する私の、果たすべき最低限の責務だろうから。
「そのためにも……必ず、腐った悪党どもを叩き潰します。力を貸してください」




