炊き出しと一人のシスター
「皇女宮のシェフを派遣して炊き出しとは……私のお膝元で随分と好き勝手するわね」
部下の一人……トートン神父の報告を受けて、レレム皇妃は困ったように溜息を溢す。
教会のツテを使い、ガードの緩い専属メイドを襲撃したのは、ハッキリ言って単なる嫌がらせだった。
なかなか奇行が収まらないウィルが皇帝に目を付けられたことは業腹だが、今更レメリアを牽制したところで済んだことが元に戻るわけではないことくらい、理解している。
理解した上で、気に入らないからやった。
これでレメリアが一生皇女宮から出て来なくなればいいと、そう思ったのだが……まさか、その影響も冷めやらぬ内にこんな行動に出るとは、予想外過ぎる。
一体何を考えているのかとぼやくレレムに、トートンは自論を述べた。
「皇妃様への、贖罪のつもりなのではないでしょうか? どうやら、自分が自由に動かせる資金を、この数日だけでほぼ全て教会に寄付したご様子。寄付がもう出来ないなら、ということではないかと」
「寄付はともかく、孤児への餌付けなんてされて私が喜ぶと思っているのかしら? はっ……所詮は子供ね」
二人は、レメリアがルーラック領で見せた子供らしからぬ行動を知らない。
彼女の存在がルーラック領を救った、という話は耳にしているのだが、どうせ帰りたくないと駄々を捏ねた結果、たまたま近衛が魔物に対処しなければならなくなっただけだろうと思っている。
子供に出来るのは、それくらいが精々。
そう考えるのが自然だ。
「まあいいでしょう、ここで変に断る方が不自然だわ。でも……分かってるわね?」
「はい、余計な疑いを持たれるような失態は決して致しません」
教会は、寄付金によって成り立っている。
その一部が教会関係者の生活費に割り当てられるのは自然なことだが、彼女達の場合は、本来慈善事業のためにと付けられた予算さえも、自らの懐に入れていた。
特に重いのは、そうして足りなくなった予算を、皇帝からの支援金で賄っているという点だろう。
それだけでも大罪だが、近頃はその支援金すら着服し始めているので手に負えない。
孤児院の運営費用も当然ながら横領されているため、変に疑われて視察など入れられてしまうと本当に面倒なことになる。
「最悪の場合は……いつものように」
「はい、承知しました」
もし万が一疑われるようなことになると、適当な人間を犯人にでっち上げ、スケープゴートとして差し出してお茶を濁す。
これまでも、細かい不正がバレる度に繰り返して来たことだ。
だから今回も、問題は無い。
惰性の中で、とっくに罪悪感すらも忘れてしまった彼女達は、平然といつもの日々に戻っていくのだった。
「みなさーん、たくさんありますから、順番に仲良く分け合ってくださいねー、独り占めしようなんていう悪い子は、私がメッ! しちゃいますからねー」
「「「はーい!」」」
レメリアの提案で行われた、ちょっとした食事会……もとい、孤児院の大聖堂を使った炊き出しは、皇女宮に勤めるシェフ達総出で執り行われることになった。
孤児院で働くシスターや神父達もまた総出で準備を手伝い、無事に開催されたイベントの様子を前にして、一人のシスターがホッと胸を撫で下ろす。
(みんな、せめて今日くらいは、お腹いっぱい食べてね)
彼女の名は、セルマ・クメンテ。クメンテ男爵家の四女であり、半ば故郷を追われるような形で教会のシスターになった経緯を持つ、二十歳だ。
というのも、婚約者だった男が商売で詐欺紛いの行為を重ねていたことが判明し、それを告発した上で思い切りビンタをかました結果、離縁されてしまったのだ。
本人はスッキリしているのだが、理由はどうあれ将来旦那となるべき男を破滅させて戻って来た娘に、新たな嫁ぎ先など見付かるはずもない。
もはや、教会で働くくらいしか、彼女に道は残されていなかったのだ。
と、それだけなら周囲の同情を誘うようなエピソードだが、セルマ本人は全く気にしないどころか、神に感謝すらしていた。
元々子供好きだったこともあって、配属された孤児院での仕事にとてもやり甲斐を感じているのだ。
常に前向きで明るく、正義感が強くて優しいシスター。
仕事以外でも、自主的に地域の慈善活動に参加するなどしており、孤児の子供達のみならず、皇都の人々にも慕われている。
そんな彼女の目下の悩みは、孤児に対して十分な食事を提供出来ないことだった。
自分の食事量を減らしたり、町の人達から仕送りを貰ったりなどして何とかやり繰りをしているのだが……それも、限界がある。
(皇女様とお会い出来れば、また違ったかもしれないのに……)
はあ、とセルマは一人溜息を溢す。
皇女レメリアは、大怪我をした従者のために、ルミナ神へ祈りを捧げようと教会に通い詰めていたらしい。
その最中で一体どんな出来事があったのかは分からないが、孤児院へも足を運ぶようになり、孤児と交流するのみならずこうして炊き出しまでしてくれる。
なんて優しい人なんだろうというのが、セルマの感想だった。
そんな皇女様に直談判すれば、名君と称えられる皇帝陛下に孤児院の窮状を知って貰い、救いの手を差し伸べて貰えるかもしれない。
そう、淡い期待を抱いていたのだが……レメリアがいる時に限って、セルマは裏方仕事に回されてしまい、顔を合わせることが全く出来なかった。
せめて、代わりに交渉して欲しいと同僚達に頼んでもみたのだが、恐れ多いと言って取り合って貰えず。
今日こそは、と意気込んでみた炊き出しにも、当のレメリアが不参加という巡り合わせの悪さだ。
私何か悪いことしたかなぁ……と、ちょっとばかり日頃の行いについて反省していると、そんなセルマのスカートが引っ張られる感触がした。
「あ、テイル君。どうしたの? 何か食べ物、取ってこようか?」
足下をちょろちょろする幼い少年に、セルマは笑顔を浮かべる。
テイルは、事故で両親を失ったことで孤児になった少年だ。
事故のショックで口が利けなくなってしまい、少し控えめな性格も相まって周囲にその気はなくとも色々と我慢を強いられるケースが多い。
もしかしたら今回も、食べたいものがあるのに人集りのせいで食べられないのではないか……そう考えたセルマだったが、そうではないとテイルは首を振る。
「違うの? じゃあ……おトイレ?」
「(こくこく)」
どうやら、正解らしい。
この孤児院のトイレは少々立て付けが悪く、テイルくらいの子だと上手く開けられないことも多いのだ。
納得したセルマは、近くにいた同僚へテイルをトイレに連れていく旨を伝えて、その場を離れるのだが……すぐに、首を傾げた。
テイルが向かう先が、明らかにトイレのある方向と違うのだ。
一体どういうことかと首を傾げながらも、導かれるままについて行く。
やがて辿り着いたのは、孤児院の裏手。
洗濯物を干したりなどする以外は特に用もないため、あまり人の寄り付かないその場所に、フードを目深に被った怪しげな子供が一人立っていた。
「……誰ですか? 孤児院の子供じゃなさそうですけど……迷子、じゃないですよね?」
テイルを庇うような位置に立ちながら、問いかける。
子供は大好きだが、子供だから無条件に信用していいと思えるほど、甘い考えは持っていない。
孤児の中には、生きるために犯罪に手を染める子供とて珍しくはないし、そういった子供をこの孤児院に受け入れるために、マンツーマンで指導したことも一度や二度ではないのだから。
しかし、今回は違うとすぐに分かった。
「ええ、私は迷子じゃないわ。初めまして、シスターさん」
「っ……!? あ、あなたは……!!」
その子供がフードを取った瞬間、ふわりと広がる銀色の髪。
孤児には決して有り得ない、太陽の日差しを反射するほどに滑らかなそれを、さらりと手で払う。たったそれだけの仕草にすら、どこか品のようなものを感じた。
セルマに向けられた瞳は、宝石よりも眩い黄金色。
意志の強さを感じるその眼差しに射抜かれて、一瞬息をすることさえ忘れてしまった。
「レメリア・ゼラ・アルグランドよ。あなたに、大事な話があるの。聞いてくれる?」
ずっと会いたいと思っていた、皇女レメリア。
今この場にいないはずの人物との思わぬ出会いに、セルマは息を呑むのだった。




