孤児院での時間
「こんにちは。今日もよろしくね」
孤児院に通い始めて、今日で三日目。子供達とも、それなりにお互いの為人を知れたと思う。一緒に遊んだり、おやつを食べたり、色々したからね。
強いて問題を挙げるとすれば、初日からずっと同じ五人としか関われていないことかしら? 遊んでいる最中も、ずっと神父なりシスターなりの監視が付いているし。
他の子供について聞いても、「皇女様と関われるような状態ではないので」とか、「体の弱い子も多くて」とか、色んな理由を付けてのらりくらりと躱されてしまう。
そして、選ばれたこの五人にしても、やっぱりガードが固い。
最年長のトロンは、一緒に遊んでいても常に私の顔色を伺っていて、全く本心を覗かせないし。
同じくリリーも、私に気に入られたいのか些細なことでもすごく大袈裟に褒めちぎって、大袈裟なくらい楽しそうに振る舞っている。
モモとララの二人は、誘えば一緒に遊んでくれるし、つまらなそうにしてるってほどでもないんだけど……表情があまり変わらないから、何を考えているのかよく分からない。
そして……そんな二人以上に分かりにくいのが、最年少のテイルだ。
「テイル、こんにちは」
「…………」
絵本からちらりと顔を上げて、小さく会釈するテイル。
表情は変わらないし、口も利けないし、本当にただ数合わせでここに入れられたって感じがするわね。
テイルですらマシな方だから、他の子はとても会わせられませんよっていう孤児院側の言い分を補強する感じになっている。
まあ、だからこそ隙もあるんだけど。
「今日は折り紙を持ってきたの、これで、みんな一緒に遊びましょ?」
ルーラック領の件が済んだ後、メアから教わった遊びだ。
ルーラックみたいな辺境だとまだまだ高価な紙も、皇都では平民でも気軽に買えるくらいには安い。
だから、孤児院の子供達と遊ぶにはちょうどいいチョイスだと思うんだけど……。
「折り紙、ですか……」
「もしかして、遊んだことないの?」
「はい、お恥ずかしながら……」
少し渋い表情のトロンに尋ねてみると、やっぱりそういうことらしい。
まあ、平民でも気軽に買えるとは言っても、それはあくまで日々食べる物に困っていない人達を基準とした話だ。この孤児院には、それほどの余裕もないんだろう。
……皇都の教会に集まる寄付金の量を考えると、不自然な話だけどね。
「大丈夫、私が教えてあげるから」
教わる側だった私が、逆に教える側になるっていうのも不思議な気分ね。
そんな気持ちになりながら、私は子供達と一緒に鶴を折る。
深く考えなくても、自然に指が動く自分の状態を見ていると、メアと一緒に過ごした時間を思い出して心が温かくなった。
……同時に、血溜まりに沈んだメアの姿を思い出して、胸が痛くなる。
「皇女様、どうされました?」
「ううん、何でもないわ」
私を気遣うリリーに、笑顔で答える。
上手く笑えているか、あまり自信はなかったけど……だからなのか、リリーは私の手を取って、優しい眼差しで目を合わせて来た。
「何かお悩みがあるのでしたら、何でも言ってください。お話を聞くくらいなら、私でも出来ますから」
「……うん、ありがとう」
こういう目は、やり直す前に社交界とかで見た覚えがある。
私と仲良くなることで、何かしらの利益を得ようとしている人の目。
このタイプは、私が落ち目になると簡単に離れていくけど……逆に言えば、私が“強者”だと思われている内は、私にある程度味方してくれるはず。
明確な、利益さえあれば。
「そういえば、みんなは将来なりたいものとか、やりたいことってあるの?」
折り方を教えながら、私は雑談がてら子供達に問い掛ける。
それに対して、真っ先に答えたのはリリーだった。
「はい! 私、皇宮で働いてみたいです!」
「皇宮で?」
「はい!!」
とりあえず、キラキラしたところで働きたいってことらしい。
実際にそこで暮らして、メイド達の仕事ぶりを見ている私としては、如何にも大変そうでキラキラとは無縁に思えるんだけど……孤児院の子供からしたら、そういう風に見えるのかもしれないわね。
「僕は……神父になりたいです。僕のような子供を、ちゃんと守れるような……」
ここに来て初めて、トロンの表情が揺れている。
切実な気持ちを感じるその言葉に、私の胸が少し痛んだ。
私怨のために、この子達を利用しようとしている罪悪感で。
「素敵な夢だと思うわ、応援してる。本当に」
「……ありがとう、ございます」
トロンが必死に被っていた仮面が、ようやく剥がせた。
この子はきっと、心からこの孤児院の子供達を守りたいと思ってるんでしょうね。
自分が神父になって、辛い思いをしている子達を助けられたらって、純粋に願ってる。
……だからこそ、今は信用出来ない。
子供達に少しでもリスクがある行動を、この子が容認するとは思えないし。
「モモとララは? 何かある?」
「……よく分からないです」
「私達に、何かが出来るとも思えないですし……」
完全に諦めきっているわね、この子達は。
その分、良くも悪くも傍観者になってくれそうね。
直接この子達に火の粉がかからない限り、放置しても良さそう。
「テイルは……あら?」
さて、最後の一人とはどうコミュニケーションを取ろうかと思ったところで、その手に握られた折り紙の存在に気付いた。
私が教えた鶴とは違う、まん丸のそれに首を傾げていると……テイルは、それにそっと噛み付いて見せる。
「テイル!? 何してるんだ!?」
「待って、トロン。テイル、それってもしかして、絵本にあった“神の肉”じゃないかしら?」
焦るトロンを宥めながら問い掛けると、正解とばかりにテイルがこくこくと頷いた。
神の肉は、ルミナ教の神話に出てくる、神からの贈り物だ。
大きな災いで人々が死に絶える寸前だった時、ルミナ神が自らの血をワインに、肉を食料へと変えて人々を救ってくださった、って内容なんだけど……そこに描かれた肉の絵と、よく似ている。
誰に教わるでもなく、こんなものを折り紙で作れるなんて……テイルには、芸術家の才能があるのかもね。
「食べてみたいのね、お肉」
「(こくこく)」
「たくさん?」
「(こくこく)」
「そっか、食いしん坊ね、テイルは」
ここで「孤児院では食べさせて貰えないの?」って尋ねようかとも思ったけど……明らかに監視役の神父とトロンの表情が強ばっていたから、私の方から無難な着地点に誘導した。
神父の方はともかく、トロンは露骨にホッとしていたから、まだまだ甘いわね。
「分かった、そういうことなら、私が皇女宮のシェフを呼んで、ここでちょっとしたパーティーを開いてあげるわ。お肉食べ放題のね」
「……!!」
テイルだけじゃない、他の子供達も、私の発言に生唾を飲む。
これに慌てたのは、監視役の神父だ。
「皇女様、お気持ちはありがたいですが、この子達ばかり甘やかされては……」
「誰がここにいる子だけって言ったかしら? 孤児院の子供全員で楽しめるような規模でやるに決まってるじゃない」
正直なところ、私が自由に出来るお金にもそろそろ底が見えて来た。
このままこの子達と交流するだけじゃ、いつまで経っても核心には至れないし……少し強引にでも、ここは勝負に出る。
「大丈夫、私がいたら思う存分楽しめないってことくらい分かってるから。その日はシェフの人達だけ派遣するわ」
「……ご配慮、感謝します」
私自身は不参加という形で、ひとまず納得させる。
その上で私は、リリーの方へと顔を向け、こっそりと話しかけた。
「本番で、下準備や後片付けなんかでシェフの人達を手伝ってあげて。そこでの働きぶりが評価されたら、下働きとして皇女宮に連れて行ってあげる」
「ほんと!? あ、じゃない……本当ですか!?」
「ええ、もちろん。約束するわ」
そう言って、私はリリーの手を取って……手のひらに、折り紙を握らせた。
後で、一人で見て。
口パクで、神父にバレないように伝えると、リリーはこくんと頷く。
「それでは、今日はお暇します。……テイル、楽しみにしててね」
「(こくこく)」
幼いテイルの頭を撫でながら、私は孤児院を後にする。
いよいよ、勝負の時だ。




