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密かな支援

「あー……陛下、そろそろ機嫌を直して頂けると……皆が怖がっておりますので」


「…………」


 宰相ライゼスの嘆願に、ファーガルは苛立ちを隠そうともせずギロリと睨み付ける。


 なぜ彼がこれほどご機嫌斜めなのかといえば、もちろんレメリアの件が原因だ。


 ファーガルがレメリアのことを可愛がっている……可愛がりたいと思っていることは、もはや皇宮内で知らぬ者はいない公然の秘密である。


 しかし、そのレメリアは専属メイドのメアが賊の襲撃を受けた影響で教会に入り浸り、皇宮に近付きもしない。


 ファーガル自身が教会をあまり快く思っていないことも相まって、機嫌は急降下するばかりである。


「……護衛は万全なのだろうな?」


「それは間違いないかと。専属騎士に加えて、“影”の者からも数名、皇女様の守りに就かせておりますので」


 “影”とは、ファーガルが密かに作らせた、皇帝直属の隠密部隊だ。


 暗殺はもちろん、表立って大量の護衛を連れて行けない場所での身辺警護、要警戒対象の政敵の動向を探る密偵など、その任務は幅広い。


 どちらにせよ、教会の内情を探るために“影”は派遣していたので、今回はそれをそのままレメリアの護衛に当てた形だ。


「ならばいい。あの専属メイドも、必ず助けろ。失敗は許さん」


「承知しました。担当している医師達に、伝えておきます」


 機嫌の悪いファーガルから「失敗は許さん」などと言われれば、大抵の者は自分が言われているわけではないとしても震え上がるものだ。


 しかし、ライゼスはむしろ嬉しそうに、笑顔さえ浮かべてみせた。


 訝しげな顔をするファーガルに、ライゼスは宣う。


「いやぁ、陛下も他人の心配が出来るほど成長したのだなぁと……って危なぁ!?」


「死にたいのか?」


「攻撃してから言わないでくださいよ!!」


 無言で放たれた風の弾丸を紙一重で回避したライゼスは、文句を言いながらもやはり笑みを絶やさない。


 ファーガルが、それだけ他人の生死を気にしているという事実が、旧友の一人として喜ばしいのだ。


(憔悴しきったレメリア様を目にした陛下は、今まで見たこともない顔をしていたからな……)


 皇女宮で発生した事件による騒ぎを沈静化させるため……もっと言えば、ファーガル自身がレメリアの安否を自ら確かめに行くのだと発言し、足を運んだ時。

 レメリアは、医務室に寝かされたメアの傍らで、まるでアンデッドのように生気の抜けた顔をしていた。


 それを見て、ファーガルが何を思ったかは分からない。しかし、大きなショックを受けたのは確かだろう。


 つまりはそれだけ、ファーガルがレメリアのことを気にかけている証であり、父親としての自覚が芽生えて来たということに他ならない。


(振り返った時、今回の件を“良い思い出”で終わらせるためにも、犠牲者の一人も出すわけにはいかないし、レメリア様にも元気になって貰わなければ)


 改めてそう決意したライゼスは、他にも細々とした報告を終えた後、執務室を後にする。


 すると……廊下に出たところでバッタリと、予想外の人物と出会した。


「これはこれは、ウィル皇子殿下。こんなところで会うとは珍しいですね、如何なされましたか?」


 ライゼスが声をかけると、ウィルはびくりと体を震わせる。


 第三皇子である彼は、少し前までのレメリアと同じかそれ以上に、父であるファーガルと関わる機会がなかった。


 ファーガル自身が避けていたレメリアと違い、こちらは彼の母親が会わせようときなかったことが原因だ。


 奇行が目立つため、落ち着くまでは皇子宮で教育を施すのだとレレム皇妃が言っていたことに加え、生活範囲も上手くファーガルと被らないように管理されていたため、ライゼスもあまり話したことは無い。


 そんなウィルが、恐らく母の言いつけを破ってまでここに来たのはなぜなのか。


 その疑問に答えるように、ウィルは精一杯口を開いた。


「お願い、します……! レメリアを、助けてあげてください……!」


「助ける……? それは、どういう意味でしょう?」


「その……上手く言えないけど……」


 拙い言葉ながら、ウィルは必死に事情を説明する。


 レメリアが、メアの大怪我で酷く心を痛めていること。

 その復讐のために、教会へ足を運んでいるんじゃないかということを。


「レメリアは……お母様が、メアを傷付けたと思ってる。……ボクも、そう思う」


 酷く悲しげな表情で語るウィルの様子から、嘘を吐いているようには見受けられない。


 実際、今回の賊の背後にいる人物として、可能性の一つに挙げられていたのがレレム皇妃だ。


 証拠がなく、容疑者が彼女だけと言えるほど皇族の敵は少なくないため、断定は出来ないのだが……少なくとも、ウィルは確信しているらしいとライゼスは判断した。


「でも、レメリアは知らないんだ、お母様はすっごく怖い人なんだって! もしこれで、レメリアにまで何かあったら……ボクは……!」


「……分かりました、情報提供ありがとうございます、ウィル様」


 罪悪感でいっぱいになっているウィルに微笑みかけながら、ライゼスは以前の報告を思い出していた。


 今のレメリアは、他人のためなら魔物が溢れる山中に単身で乗り込むほどに己の身を顧みない状態なのだと。


(教会内だけでなく、その外まで“影”にカバーさせるように、陛下に進言しておくか……)


 各所の配置をどう弄るべきか頭を悩ませながら、ライゼスは今一度執務室へ戻っていくのだった。

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