孤児院の子供達
翌日、私はもう一度アフィーと一緒に寄付金を持って教会へ向かい、今度こそ孤児院へと案内されることになった。
孤児院の建物は、教会が今の新しい建物に移転する際に残ったものを、再利用している。
だから、よく言えば趣がある、悪く言えば少しボロいというのが、それを見た率直な感想かな。
とはいえ、これだけで教会が寄付金を横領しているなんて言い出したら、笑われるのは私の方だろう。
確かに孤児院を立て直すべきじゃないかという話もゼロではないけど、元々がルミナ教の総本山として建てられたものなんだから、とても丈夫で敷地面積も相応に広く、とにかく数が多い孤児達を全て住まわせるのに、これ以上ないほど適している。
明確に教会の建物だって分かるのも、孤児達の尊厳を守るには大きな役割を果たしているし、完全に"孤児院"として立て直すのは決して良いことばかりでもない。
「ようこそいらっしゃいました、皇女様。あまり大したおもてなしも出来ませんが、良き時間を過ごせるようサポート致しますぞ」
「はい、よろしくお願いしますね」
案内された先で紹介されたのは、孤児院の責任者だという神父……ロブロさんだった。
好々爺然としたおじいさんで、蓄えられた白髭がトレードマーク。でも、この見た目でまだ四十代らしい。
トートン神父より年下には見えないけど……流石にそれを言ったら失礼よね。
「どうですか? ロブロ神父から見て、子供達の様子は」
「元気に過ごしていますよ。もちろん、日々トラブルは絶えませんが、シスター達が上手く仲裁してくれていますから」
「それは素晴らしいですね。逆に、何か困ったことは?」
「そうですね……孤児が多いので、どうしても食費がかかり過ぎるところでしょうか。もちろん、色々と工夫はしているのですが」
その言葉も、嘘ではないと思う。
子供はよく食べるし、人数も多ければどうしたってお金がかかるっていうのは、私でも簡単に想像出来る。
問題は、その流れの中に不正があるかどうかだ。
「私の"気持ち"が、少しでもその助けになれば幸いです」
シスターによる告発は、今から二年後。
ちゃんとした証拠をこの時点で確保しているかは分からないけど、協力出来れば大きな助けになってくれるはず。
問題は……そのシスターが誰なのか、私は知らないってことだけど。
有名人だったらしいけど、それはあくまで平民達の間での評判だし。
「ここが子供部屋です。孤児院内の仕事を皆で持ち回りでやっていますので、全員ではありませんが」
「ありがとうございます」
ロブロ神父に案内された部屋の中には、五人の子供がいた。
まず、明らかに私より年上の男子が一人。十三歳くらい?
私を待っていたのか、彼は年長者らしく一番前に立って頭を下げる。
「トロン、こちら昨日話しておいたレメリア皇女殿下だ、失礼のないように」
「お初にお目にかかります、皇女様。トロンと言います」
穏やかな笑みを浮かべる少年……トロンを見て、気持ち悪いな、と率直に思った。
張り付けたみたいな表情。他人の機嫌を取るために、自分の心を殺している人の顔だ。
やり直す前に何度も目にした顔だから、すぐに分かる。
「レメリア・ゼラ・アルグランドよ。今日はあなた達がどんな暮らしぶりをしているのか見に来たの、よろしくね」
自己紹介をしながら、私は他の子供達の表情もチェックしていく。
トロンとほぼ同い年だろう女の子。この子は心を殺しているというより、とにかく媚を売って良く思われたいという感情が見て取れた。
私に気に入られれば、孤児院での扱いが良くなると思ってるのかしら? 名前はリリーって言うらしい。
続く二人は、双子だった。十歳くらいの女の子二人、こちらは何かを取り繕うでも求めるでもなく、ただただ諦観の色が浮かんでいる。
言われたから相手してやるよ、やれやれって感じかしらね。名前は、モモとララだそうだ。
そして、最後の一人は……。
「…………」
私と同い年くらいの男の子。ただ、一言も言葉を発さない。
本に目を向けたままのその子に首を傾げていると、トロンがフォローするように口を開いた。
「この子はテイルです。口が利けなくて……決して悪気があるわけじゃないので、大目に見て頂けると……」
「へえ、なるほどね」
テイルが読んでいるのは、この国では一番一般的なルミナ教の童話だった。
教会付属の孤児院だから、こういった本はいくらでもあるんだろう。でも、それが擦り切れるくらい読んでいるあたり、相当気に入っているのかもしれない。
ただ、かなり子供向けの本だから、絵ばかりで文字がほとんどないのが特徴だ。
文字が読めない子供でも、ある程度ルミナ教に伝わる神話が理解出来るようにっていう作りになっていて……つまり、テイルも文字の読み書きは出来ない可能性が高い。
それでいて、口が利けない。だから、間違っても"余計なことは話さない"ってことで、このメンツに入っているのかもしれないわね。
「よろしくね、テイル。あなたと会えて嬉しいわ、お友達になりましょ?」
「…………」
私が手を差し伸べると、テイルは少しびっくりしたように目を丸くしながら、恐る恐るそれを握り返した。
……口も利けず、文字も書けず、何一つ自分の意思を正確に伝える術を持たない幼い子供。
だからこそ、誰が敵で誰が味方かも分からないこの環境において、私が突破口を開く鍵となり得る。
絶対に仲良くなって、この孤児院を取り巻く現状を暴いてみせると、私は心の中で固く誓うのだった。




