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復讐のために

 教会に祈りを捧げることに、身分の貴賤はない。

 皇族だろうが、貴族だろうが、平民だろうが、貧民だろうが……たとえ異国の人間であろうと、神の前では皆平等だと説いているのが、アルグランド帝国の国教たるルミナ教の教えだ。


 でも一方で、力ある者は弱き者のためにそれを振るい、弱き者も施しに甘んじることなく強者となるため精進を続けよという教義もある。


 つまり何が言いたいかというと……国の頂点たる皇族の一員ともなれば、祈り一つ捧げに行くにも結構な金額を寄付する義務があるんだ。


「これはこれは、ようこそ皇女様、五歳の洗礼の儀以来ですな、お元気そうで何よりです」


「こちらこそ、久しく足を運ぶことが出来なくて申し訳ありません、トートン神父」


 五十代も半ばを過ぎたベテランの神父が、私に直接対応してくれた。


 柔らかい物腰と温和な態度から、皇都の民からの信頼も厚いと聞いたことがある。


 そんな彼へと、私は金貨がぎっしりと入った金貨袋を手渡す。


「そのお詫びというわけではありませんが、こちらは私からのささやかな気持ちです、どうか恵まれない子供達のためにお使いください」


「おお、これはまた……ありがとうございます。ルミナ神も皇女様の献身を見ておられることでしょう」


 ただ私は、暗黙の了解として知られている寄付金の倍額を持って来た。


 清廉潔白を謳う教会だろうと……いえ、むしろ清廉潔白を謳うからこそ、お金は絞っても問題ないところからきちんと絞らないとやっていけない。


 当然、“お得意様”になり得る相手には、どんな神父だろうと態度が甘くなるものだ。


「実は、私の大切なメイドが大怪我をしてしまって……少しでも早く良くなるように、今日からしばらくは毎日ここに来ようと思うの」


「ほほう、それは良い心がけだ。さあ、こちらへどうぞ、祈りの作法は覚えておられますかな?」


「大丈夫よ、ありがとう」


 親身に接してくれるトートン神父に笑顔を見せながら、私は礼拝堂の最前列……もっともルミナ神の神像に近い特等席へと案内された。


 護衛として付いてきたアフィーと一緒に、しばしそこで祈りを捧げる。


 ……正直、神の存在を信じているかと言われれば、微妙なラインだ。


 過去に戻ってやり直している私という存在そのものが、神という超常的な存在を証明している気もするし……私なんかにやり直しの機会を与えられながら、メアのような優しい人が傷付けられている現実を見て、神なんかいないって否定することも出来る。


 でも、今は眉唾だろうと何だろうとどうでもいい。

 どうかメアが元気になりますようにと、心を込めて祈りを捧げた。


「トートン神父、今日はありがとうございました」


「いえいえ、ただひたすら真摯に祈りを捧げる皇女様の姿は、信徒達にも良い手本となったことでしょう。重ね重ね、ありがとうございます」


 神に祈ること一時間、私は礼拝堂を後にして、トートン神父の見送りを受けていた。


 本来なら、後はこのまま皇居に帰るだけなんだけど……それじゃあ、私の目的が果たせない。


 だから私は、ここでもう一歩踏み込むことにする。


「お礼ついでで申し訳ないのですが……よろしければ、教会が運営している孤児院を見学させて頂けないでしょうか?」


「孤児院を? それはまた、一体なぜ……?」


「寄付で気持ちを示すのも大事ですが、実際に恵まれない子供達と触れ合うことで、見聞を広げるのも大事だと思うのです。もしかしたら、お金だけではどうにもならない問題があるかもしれないでしょう?」


 さて、ここでどういう反応が返ってくるかによって、私はトートン神父の立場を見極めないといけない。


 笑顔の仮面を貼り付けたまま、私はじっと続く言葉を待って……。


「それは素晴らしい心がけですね。ですが、いきなりの来訪となれば子供達もびっくりしてしまうでしょう。私の方から先方に連絡しておきますので、また明日、ということで如何ですか?」


「そうですか……分かりました、無理を言って申し訳ありません」


「いえいえ、子供達もきっと喜びますよ」


 それでは、と手を振って別れながら……残念だな、と密かに心の中で思う。


 トートン神父も、今回の件では頼れないか。

 単に関わった時間が短いだけと言えばそれまでだけど……そこまで悪い印象もなかったんだけどな。


「レメリア様、なぜ孤児院に……?」


 馬車に乗って皇居へ戻る途中、アフィーから問い掛けられる。


 それに対して、私は笑顔で答えた。


「良い事をすれば、ルミナ神が見ていてくださるかもしれないじゃない?」


「は、はぁ……」


 アフィーが、明らかに嘘だろうと疑っている表情で、曖昧な返事をする。


 でもごめんね、今回ばかりは誰を信用すればいいか全く判断が付かないし、信用出来るからって安易に巻き込みたくもない。


 私が教会を……正確には、レレム皇妃を含む教会上層部を潰すために企んでいるのは、教会全体で行われている寄付金の横領、その大々的な暴露だ。


「大丈夫よ。同年代の子供達と触れ合っていれば、嫌なことを考えなくて済むかなって……そう思っただけだから」


 やり直す前、一人のシスターが教会の異端裁判にかけられ処刑される事件が起きたことがある。罪状は、寄付金の横領。


 それだけなら、ショッキングだけどよくある事件として、すぐに人々の記憶から消えていただろう。


 でも、そのシスターは皇都の人々、特に貧しい人達からとても愛される優しい人だったから、異端裁判の結果に憤った人々が皇都の各地でデモを起こす大騒動に発展したんだ。


 その騒ぎに乗じて、一人の記者が処刑されたシスターの家から見付け出したのが、教会全体に蔓延る横領の証拠。

 そして、本来なら孤児院の運営に当てられるべき資金が何度も被害に遭っていたせいで、子供達は今日食べる物にも苦労する有様となっている、教会はそれを隠蔽しているんだという、シスターの遺した告発文だった。


 一人のシスターが命を賭して暴いた教会の闇に、人々のデモ活動は更に過激さを増し、ついにはお父様が直々に教会上層部へと大鉈を振るうことで、ようやく収束することになるの。


 本来なら、今から二年後くらいに発生するこの事件を、私がこの手で引き起こす。


 動かぬ証拠を掴んで、お父様を引き摺り出すんだ。


「だから、大丈夫よ」


「…………」


 笑顔を貼り付けてそう伝える私に、アフィーはただただ心配そうな眼差しを向けるのだった。

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