兄妹のひと時
お父様に直談判した翌日。私は、リリエル先生の授業を終えた後、部屋で魔法の教本を読み耽っていた。
ウィル兄様に指摘されてから、もしかしたら私は魔法が好きなのかもしれないって思い始めていたんだけど……実際にこうして魔法の勉強をしていると、何だか楽しい。
自分のことは、自分じゃよく分からないものなんだなって、思わず笑ってしまう。
「もう会えないかもしれないけど……ありがとう、ウィル兄様。どうかあなたも、自分の夢を叶えて……」
「呼んだ? レメリア」
「うん……うん?」
予想外の声が聞こえてきて、私はバッと振り返る。
するとそこには、部屋の扉を空けてひょっこりと顔を覗かせる、ウィル兄様の姿が。
「なっ、なっ、なっ……なんでウィル兄様がここに!?」
「遊びに来たんだけど……来ちゃ、ダメだった?」
混乱する私の傍までやって来たウィル兄様が、寂しそうな表情を浮かべる。
いや、その。
「ダメというか……兄様、レレム様に言われていたではないですか、私なんかに関わるなって」
それなのに、どうしてここに。
「お父様が、ボクにプレゼントを持ってきてくれたんだ……レメリアからボクにって、魔物の生態を勉強するための、最新の研究論文……」
「はい!?」
お父様、私言いましたよね!? “お父様から”贈ってあげるようにって言いましたよね!?
お父様からそういった品を贈ることで、レレム皇妃がウィル兄様の夢を邪魔出来ないようにするつもりだったのに!! 私からの贈り物だなんて言ったら、全部台無しじゃない!!
「その時、お父様も言ってくれたんだ。期待してる、って……」
「あ……そうなのね」
お父様への文句が泉の如く湧き出そうになったけれど、そんな一言があったなら問題ないかしらね。
むしろ、遠回しなメッセージよりハッキリと口に出してくれた方が、誤解の余地もない牽制になるし、最高の一手になったわ。
今度お礼を言いに行かないと。
「レメリアのお陰で……ボク、ちゃんと勉強出来るようになったんだ。ずっと、放っておかれて、何も出来なかったボクが」
だから、と。
ウィル兄様が、見惚れるほどに綺麗な笑顔を浮かべた。
「ありがとう、レメリア。どうしても……君に、直接伝えたかったんだ」
「ええと……ど、どういたしまして」
ルーラック領の時もそうだったけど……こんな風に真っ直ぐお礼を言われることに慣れてなくて、ちょっと反応に困ってしまう。
そうしていると、“二人分”のお茶をカートに載せたメアが部屋にやって来た。
そのニコニコと楽しそうな表情を見て、ウィル兄様がここに来たのは、彼女も一枚噛んでるんだなって確信する。
「さあお二人とも、お茶が入りましたので、ここで一息どうですか? テーブルの用意もありますので」
「メア……まあいいわ、ありがとう」
「ふふふ、何のことでしょう?」
一言物申そうかと思ったけど……メアが私のために連れて来てくれたんだってことくらい分かってるし、やめておいた。
来ると決めたのは、ウィル兄様自身だろうしね。
というわけで、私と兄様の二人で小さなテーブルに着き、お茶を飲むことに。
「でも……勉強出来るようになったのはともかく、私のところに来て本当に大丈夫なの? レレム皇妃が私を嫌ってることに変わりはないでしょう?」
「行っていいって言われたから、大丈夫……だと、思う……」
段々と自信を失っていくウィル兄様の口ぶりだけで、まあ心から納得したわけじゃないんだろうなって察せられる。
でも……そんなことは、妖精のお陰で人の心の機微に敏いウィル兄様が、誰よりもよく分かっていたはず。
それでも、私の所に来たいと思ってくれたんだ。
嬉しくて、嬉しくて……顔が綻ぶ。
「ウィル兄様……ありがとう。また会えて、嬉しいわ」
それを素直に口にすると、ウィル兄様はなぜか顔が赤くなった。
「……? ウィル兄様、どうしたの? 顔が赤く……体調でも悪いの?」
「な、なんでもないよ! お茶、お茶がちょっと熱くて……!」
「そうなの? メア、次があったら兄様には少しぬるめに淹れてあげて」
「承知しました」
私にはちょうどいい温度なのだけど、ウィル兄様には少し熱すぎたみたい。
そこでふと、私はあることを思い付いた。
「じゃあ、これくらいでどうかしら?」
パチン、と指を鳴らしながら、氷の魔法で冷気を呼ぶ。
その力で、ウィル兄様のお茶を少しだけ冷ましてみたの。
こういう使い方をするのは初めてだから、上手く行くかどうかはちょっと自信なかったけど……お茶を口に含んだウィル兄様は、感嘆の息を吐いた。
「すごい……こんなに丁寧な魔法、初めて見た。もう魔法が使えるなんて……レメリア、天才」
「褒めすぎよ、これくらい……大したことないから」
上手くいった安堵と、褒められたことによる気恥ずかしさで、口元が私の意思と関係なく緩んでいく。
それを誤魔化すために、慌ててカップを口に付けて……でも、正面に座っているウィル兄様はともかく、傍に控えているメアには筒抜けだったらしい。
ニコニコと意味深に笑う従者を見て、口をへの字に曲げながらカップを置く。
「ねえレメリア」
「うん? 何かしら」
「また……来てもいい?」
まだお茶も始めたばかりなのに、早くも次の話を持ち出して来た。
断られることを恐れるような、もじもじとした態度に親近感を覚えながら……私は、笑顔で頷いた。
「ええ、ウィル兄様がそう望んでくれるなら……いつでも来て」
こうして私は、少しだけ胸のつかえが取れたような気持ちになりながら、ウィル兄様との一時を楽しむのだった。




