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従者達の悩み

 レメリアの専属護衛として選抜されたアフィーは、現在近衛騎士団で唯一の女性騎士として知られている。


 前皇帝による騎士団の大幅な縮小から一転、ファーガルの指示で再びその規模を全盛期へと戻しつつある近衛だが、頭数はともかくまだまだ練度不足が否めない。


 故に、唯一の女性であるアフィーは、何も知らぬ者からは「単なる数合わせ」だと揶揄されることが多かった。


 体が資本の騎士において、男女の体格差を覆すことは難しく、アフィー自身も明確な欠点だと認識していたため、そう言われるのも仕方ないと理解はしている。


 だが、理解することと納得することは全く別だ。

 体格差をひっくり返すほどの魔法技術を磨き上げ、実力で近衛の座を勝ち取ったと自負するアフィーにとって、その評価は屈辱以外の何物でもない。


 いつか必ず、大きな手柄を挙げて見返してみせる。

 そんな決意を胸に日々を生きていたアフィーにとって、皇女レメリアとの出会いは衝撃的だった。


 僅か八歳の身で、ルーラックの民を守るために自身より何倍も大きな魔物へ立ち向かう胆力。

 罵声を浴び、傷付き、ボロボロになり、命の危機に瀕してなお、自分より他者を想い不退転の決意を見せた高潔な心。


 そして……いくら単体では弱い部類とはいえ、魔狼アッシュウルフを二体、その手で仕留めてみせたという圧倒的な才能。


 レメリアこそが、自分が真に理想とする騎士の姿を体現している。

 周りの目を気にして、騎士としての責務よりも手柄を挙げることに心を奪われていたことに気付かされたアフィーにとって、レメリアの傍で彼女を守る専属護衛という役目は、光栄でしかなかった。


 同僚達が謹慎を言い渡された中、自分だけ名誉ある役目を賜ったことには、申し訳ない気持ちもあったが……その当人達から、そして尊敬する騎士団長のグランデルからも「皇女様を頼んだぞ」と言われてしまえば、奮起せざるを得ない。


 だからこそ……今のアフィーは、非常に機嫌が悪かった。

 敬愛するレメリアを、よく知りもしないで罵倒したレレム皇妃のせいで。


「全く、何が教養も誇りもないアンティークですか……!! レメリア様ほど知的で誇り高い人物など他にいないというのに!!」


「分かります、本当に許せませんよね!」


 イライラと爪先で床を叩きながら呟くアフィーに同意するのは、同じく専属メイドとしてレメリアに直接仕えているメアだ。


 自分と同じようにレメリアを深く敬愛している彼女を、アフィーは既に心から信頼している。

 故に、こうした愚痴を安心して溢すことが出来る、唯一の相手として認識していた。


 当然のように返って来た同意の言葉に、アフィーは大きく頷いてみせる。


「心優しいレメリア様は、きっとレレム皇妃のこともお許しになるのでしょうが……きっと傷付いておられるでしょう、心配です」


「はい……今のレメリア様は、本当に……辛いことがあっても、すぐに心に蓋をして、抱え込んでしまわれますから」


 メアから、ある程度の事情は既に聞かされている。

 教育係の苛烈な教育で性格を捻じ曲げられてしまったことも、誰も見ていないところでただ一人大泣きすることも。


 性格については、メアの口ぶりから元々性根は優しい方だったのだろうと解釈しているため、アフィーはそこまで気にしていない。

 が、辛いことをすぐに抱え込む性質だというのは、やはり心配だった。


「陛下が、上手く対応してくださればいいのですが……」


 アフィーが振り返った先にあるのは、大きな扉。

 皇帝、ファーガル・ゼラ・アルグランドが執務を行うための部屋に続く扉であり、レメリアが現在訪れている場所だ。


 レレム皇妃に拒絶された後、兄であるウィルのためにお詫びの品を用意したいと口にしたレメリアは、父親である皇帝陛下を頼ることにしたらしい。


 自分からの贈り物は無理でも、陛下からの贈り物なら喜んで受け取って貰えるはずだ、と。


「きっと大丈夫だと思います。レメリア様は、全く信じておりませんが……陛下も、レメリア様をとても気にしておられますから」


 遠出しようとした娘に、最も信頼を置く最強の近衛騎士団長を護衛につけ、帰って来たかと思えば連日のように甘いお菓子を用意させ、いつレメリアが来ても歓迎出来るように準備しているという。


 皇宮勤めのメイドから伝え聞いた話では、レメリアがルーラック領で大怪我をしたと知った時の陛下は、目が合っただけで殺されてしまうのではないかというほどに不機嫌になっていたのだとか。

 それこそ、旧くからの友人でもあるグランデルを、一度は躊躇なく処刑しようとしたくらいには。


 誰の目から見ても、娘を溺愛する父親そのものといった様子なのだが……ただ一人、レメリアだけがその愛情を信じていない。

 自分が愛されるはずがない、そんな資格はないのだと、固く思い込んでしまっている。


 それが悲しくて仕方ないと、メアは以前語っていた。


「……私に出来るのは、レメリア様の身をお守りすることだけ。心の方は、あなたにお任せする他ありません。よろしくお願いします、メア」


「アフィーさんも、レメリア様ともっと自然に会話すれば、同じように接してくださると思いますよ?」


「私は……あまり気の利いたことを言える性質ではありませんので」


 弟妹がたくさんいるメアと違い、アフィーは末娘として生まれているため、年下の子供と接する機会がこれまでほとんどなかった。


 まして、レメリアは単に年下というだけでなく、その心の在り様がとても特殊だ。

 元より他人と接することがあまり得意でないアフィーは、上手く話せる自信がなかった。


 そのせいで、レメリアは「やっぱり私の護衛なんて嫌なんだわ……」などと盛大に誤解しているのだが、表に出さないため全く気付いていない。


「気の利いた言葉なんてなくとも……と、レメリア様!」


 言葉を重ねようとするメアだったが、それより先にレメリアが執務室から出て来た。

 どうでしたか? と問いかける彼女に、レメリアも頷く。


「何とか、ウィル兄様へのプレゼントを陛下から渡して貰えることになったわ。ウィル兄様のためだって言ったら、快く了承してくれたわよ。ただ……」


「ただ……どうされたのですか?」


「どうして自分の手で渡さないのかって聞かれたから、『薄汚いアンティークからのプレゼントなど、ウィル兄様に届く前にレレム皇妃に処分されてしまうかもしれませんので』って言ったら、物凄く機嫌が悪くなっちゃって……怖かったわ」


 なんであんなに怒ったのかしら? とレメリアは首を傾げている。


 メアやアフィーからすれば、その答えは自明でしかないのだが、当のレメリアは「お父様もレレム皇妃と同じ気持ちなんだから分かるでしょう?」くらいの感覚だったため、完全にすれ違ってしまっている。


 いつかこの親子が分かり合える日は来るのだろうかと、二人は揃って頭を抱えるのだった。

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