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教皇の娘

 ウィル兄様と、穏やかな読書の時間を一緒に過ごして、満足のいく一日だった……で、終わることが出来れば良かったんだけど。


 どうやら、私にはそんな一日を過ごす資格はなかったらしい。


「ウィル!! ウィルはいますか!!」


 静かだった書庫に、キンキンと響く女性の声が聞こえて来た。

 その不快さに顔を顰める私の隣で、ウィル兄様が小さく「お母様……」と呟いて……ああ、この人かと納得する。


 この人が、教会のトップに座る教皇の娘にして、お父様の娶った皇妃の一人。

 レレム・ゼラ・アルグランドだ。


「ウィル!! なぜこの小娘と一緒にいるのですか!?」


「え……?」


「あなたにはもはや、大した期待はしていませんでしたが……よりにもよって、エスカレーナ家の血縁者と繋がりを持とうとするなんて!! 余計なことをして私の足を引っ張るとは、なんて親不孝な子でしょう!!」


 レレムが何に怒っているのか分からず、ウィル兄様がオロオロしている。


 ……私は、お父様に嫌われている。

 そんな私とウィル兄様が仲良くすることで、教会とエスカレーナ公爵家との繋がりを邪推され、お父様と教会の仲まで悪化する可能性を恐れているんでしょうね。


 教会は皇族に次ぐ権力を持つとはいえ、その財政事情は火の車だって聞いた覚えがある。お父様からの支援金が途絶えたら、やっていけないんでしょう。


 カロラインの一件以来、お祖父様からの干渉が不気味なほど何もないから……失念していたわ。


 私は……ただ仲良くするだけのことが、相手に迷惑をかける可能性もある存在なんだってことを。


「レレム様、おやめください」


 完全に黙り込んでしまったウィル兄様の前に立ち、冷めた目付きでレレムをじっと見つめる。


 少しだけ怯んで口を閉ざした彼女へ、私は淡々と述べた。


「私が勝手にウィル兄様の下へ押し掛け、強引に関わりを持とうとしていただけです。兄様は悪くありません」


「え……」


 唖然とするウィル兄様を隠しながら、私はただ堂々とその主張を押し通す。


 そんな私の態度に、ひとまず納得したのか……あるいは、“そういうこと”にしておいた方が都合が良いと気付いたのか、レレムは「ふん」と鼻を鳴らす。


「これだから、教養も誇りもない腐った血(アンティーク)は嫌いなんですわ、周りまでダメにしてしまいますもの」


 アンティーク……お父様に粛清されずに無様に生き永らえた、クーデターの前から要職に就いていた貴族達を指す隠語だ。


 最後まで中立を貫いた教会ぼうかんしゃの娘がそれを言うか、って感じだけど、エスカレーナ家の名誉のために反論するなんて私も嫌だわ。


 黙って受け止める私を見て満足したのか、レレムはウィル兄様へと声をかけた。


「ほらウィル、行きますわよ」


「でも……」


 振り返ると、ウィル兄様が罪悪感でいっぱいの顔をしていた。


 そんな彼に近付いて、軽く耳打ちをする。


「ありがとう……楽しかったわ」


 さよなら、と。

 ウィル兄様の背中を押して、レレムの方へ送る。


 そのまま、乱暴な手付きでウィル兄様の腕を掴んで引っ張っていくレレムの姿に、少しだけ不快感を覚えながらも……私には、二人を見送ることしか出来なかった。


「レメリア様……! 一体、何があったのですか?」


 書庫から出ると、ずっと外で待っていてくれたメアが問い掛けて来る。


 急に皇妃が来るんだから、びっくりしたんでしょうね。護衛のアフィーも、どこか心配そうな眼差しで私を見ていた。


「教養も誇りもないアンティークが、息子と関わるな、だそうよ」


 困ったものね、と出来るだけ軽い調子で、何があったかぶっちゃけたんだけど……ぞわっ、と悪寒が走るくらいの殺気を感じて、反射的にメアを庇うような体勢を取ってしまう。


「え、えっと……アフィー、どうしたの?」


「……いえ、すみません、取り乱しました」


「そ、そう」


 アフィーはあまり喋らないタイプで、護衛に付いている間も一歩後ろでずっと控えているから、今初めて声を聞いたかもしれない。


 まあ、懲罰同然の扱いで、栄えある近衛騎士から私の護衛に回されたわけだし、多少愛想が悪くなっても無理はないと思う。

 というわけで、その勤務態度に何も文句はなかったのだけど……急にどうしたのかしら。


 出身とか聞いていなかったけれど、実はアフィーの生家もアンティークなのかしら?


「レメリア様は、深い教養と誰よりも誇り高い志を持つ御方です、あのような女の戯言を聞く必要などありません」


 うん、私の予想通りかも。だってこんなに怒ってるもの、皇妃相手に“あのような女”とか言っちゃってるもの! 不敬罪で首が飛ぶわよあなた!?


「まあ、私もあまり良い印象は持てなかったけれど……私が関わって、余計な迷惑をかけてしまったのは事実よ。残念だけど、ここまでね」


 やっと……家族と仲良く出来ると思ったんだけどな。

 そう思うと悲しくて、心が沈む。


 でも、“悲しい”だけで終わるつもりもない。


「ウィル兄様に、私からだって分からない形でお詫びの品を送ろうと思うの。二人とも、協力してくれる?」


 ウィル兄様は、私の知る限りティアラが来るまでずっと独りだった。

 というか……ティアラが来てからも、ずっと抜け殻みたいにボーッとしているだけで、あまりコミュニケーションを取っている所を見た覚えがない。


 魔物研究者になるという夢も……叶えてはいなかったはずだ。


「余計なお世話かもしれないけれど……これくらい、いいわよね」


 ウィル兄様を本当の意味で救えるのは、ティアラだけかもしれない。

 でも、せめて私も……ウィル兄様の夢を、ティアラが来るまで守ってあげるくらいのことはしてあげたい。


 それが……一度はウィル兄様の命を理不尽に奪った私に出来る、せめてもの贖罪だから。

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