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皇帝のお誘いと第三皇子

「どうした? 食べるといい」


「……頂きます」


 お父様の執務室で、私は促されるままに目の前のクッキーに手を伸ばす。

 ただのクッキーじゃない。上には大きくクリームが盛られ、更にその上にチェリーが一つ、可愛らしく飾られている。


 皇女宮でも大概豪華な食べ物が多いけど、こんなクッキーはあまり食べた記憶がない。

 どうしてそんなものを、こんな場所で食べているのかというと……ルーラック領から帰って以来、こういったおやつを餌にして、お父様がしょっちゅう私を呼び出すのだ。


 一体何がしたいのか分からなくて、私としてはずっとびくびくしている。


 それでもまあ、今日で四度目ともなれば、流石に多少は慣れて来た。

 ただ美味しいだけでなく、見た目にも可愛らしいクッキーを口にしつつ、私はじっとお父様を観察する。


 わざわざ私の対面に座り、テーブルに書類を広げて仕事をする光景は、正直何してるんだろうっていう感想が湧く。


 仕事をしたいなら自分の机があるのに、わざわざ私の前に来て……なのに、クッキーに手を付けるでもなく、私の様子を見るでもなく、ただ仕事をこなす。

 意味が分からない。本当に何がしたいの?


「……おかわりは必要か?」


 クッキーがなくなったところで、お父様が私に一瞥もくれないままそう言った。

 全く見てないのに、どうして分かるの?


「いえ……これ以上は、夕食に差し障りますので」


「そうか」


 その「そうか」はどう受け取ればいいの?

 まあ……あまり興味はなさそうだし、深く考えなくてもいいのかしら?


「出来れば、皇女宮に戻ってから食べたいので……包んでくださると嬉しいのですが」


 私はもう食べないけど、メアにも食べさせてあげたい。

 そんなことを考えながらお願いする私に、お父様はやっぱりちらりとも目を向けないまま言った。


「好きにしろ、そこのメイドに言えばいい」


「ありがとうございます」


 一応お礼を口にしながら、私は言われた通り皇宮勤めのメイドにクッキーを包んで貰い、その場を後にする。


 外で待っていたのは、いつも通り傍にいる専属メイドのメアと……この度私の専属護衛に任命された、女性騎士のアフィーだ。

 なんでも、私の護衛をしていた騎士達は、みんな一週間の謹慎処分を言い渡されたんだけど……アフィーに関しては、代わりに私の専属として常に傍に控える任務を言い渡されたらしい。


 私の護衛って、罰ゲームなの?

 まあ、あんなことがあった後に護衛で居続けるなんて誰だって嫌だろうし、その意味では罰ゲームかしら。


「メア、これお土産。戻ったらアフィーと一緒に食べて」


「私達にですか? ありがとうございます、レメリア様」


 せめてこれくらいは労ってあげよう、と思いながら、包んで貰ったばかりのクッキーをメアに渡す。

 私も……? と驚くアフィーへと、メアはクッキーを預けて。


 なぜか、私を抱き上げた。


「それでは、帰りましょうか」


「いや、自分の足で歩けるんだけど……」


「ダメです、放っておくと、レメリア様はすぐに無理をなさるんですから」


 この数日で、もう杖もいらないくらいには回復したんだけど、完治するまでは出来るだけ私の足で歩かせたくないとメアがごねるのだ。

 全く、過保護なんだから。


「それにしても……陛下は、一体何がしたいのかしら? 全然分からないわ……」


 そんなメアに、私はここ数日ずっと抱えている疑問をぶつけてみる。

 答えを求めてのことじゃなくて、ただ少し混乱している頭を整理するためのものだったんだけど……メアは、「何を言っているのですか?」と首を傾げた。


「皇帝陛下も、レメリア様の可愛らしさにようやく気付かれたのですよ。だから、少しでも一緒にいようとしているのです!」


「陛下に限って、そんなことあるわけないじゃない。私のことを可愛いなんて思ってくれるのは、メアくらいよ」


「それこそあり得ません!! 少なくとも、皇女宮の者とルーラック領の民は全員レメリア様のことを愛らしい方だと思っております!!」


「ふふっ……そうね、ありがとう、メア」


 お父様はあり得ないと思ってるけど、皇女宮のみんなは私の怪我を本当に心配してくれていたし……ルーラック領の人達も、最後はまた仲良くなれたと思う。


 なんだか手放せなくて、今も手首に巻いて持ち歩いているあやとりに触れながら、私は小さく笑みを浮かべた。


「では、お試しになられてはいかがですか? 次に会う時は、以前のように"お父様"と呼んでみてください。きっと喜ばれますよ、陛下」


「あはは……考えてみるわ」


 命を賭け(ベット)してまで、そんな実験をしたくはないわね。

 そんなことを考えながら、私はメアの腕に抱かれたまま皇女宮へ帰っていく。


 正直、重くない? って思うんだけど、メア曰く私は軽いからへっちゃららしい。

 むしろ、もう少し太らないと不健康だとまで言われてしまった。


 乙女に対して太れなんて、やり直す前の私だったらブチギレてるわよ? 全くもう。


「……うん? あれは……」


「どうかしましたか?」


 皇女宮へと戻る途中、見覚えのある顔を見かけた。


 私の、三人いるお兄様の一人。

 私の一つ歳上で、教皇の娘を母に持つ第三皇子……ウィル・ゼラ・アルグランド。


 やり直す前、私がこの手で殺してしまった一人だ。


「何をしてるのかしら……?」


 見たところ、特に何をするでもなく、ただボーッと道の傍らに設置された花壇を眺めているように見える。

 口元がボソボソ動いているようにも見えるけど、周りに話し相手はいないみたいだし……うーん?


「お花を見ているようですが……あっ、レメリア様!?」


 正直、ウィル兄様に関してはあまり印象に残っていることはない。

 たまに顔を合わせても逃げられるし、言葉を交わしたとしても一言二言。思えば、常に脅えられていたような気がする。


 ただ、帝国内でも皇族に次ぐ権力を持つ教会の縁者だった。それだけの理由で、私は彼を手にかけたの。

 我ながら、本当に外道ね。


 だから……これも、その罪滅ぼしみたいなものよ。


「ウィル兄様、こんなところで何をしているの?」


「…………?」


 メアから降りて、ウィル兄様の隣にしゃがみ込む。

 母親似なんだろう、私と違って落ち着いたブラウンの髪を持ち、琥珀色の瞳はどこか眠たげに見える。


 話し掛けてきたのが私だったことがよっぽど意外だったのか、いつも半開きの目がまん丸になって、ぺたんと腰を抜かしてしまった。


 ……いや、その反応はちょっと予想外よ。

 どれだけ嫌われてるの? 私。


「一人は退屈かと思って、声をかけたんだけど……余計なお世話だったかしら?」


 私の知る限り、ウィル兄様が他の誰かと一緒にいるところをほとんど目にしたことは無い。

 お父様も……まだ存命なはずの母親すら、私はその名前も顔すら把握していないくらいだもの。


 ひとりぼっちの寂しさを、私は誰よりも知っている。

 だから……話し相手くらいになれたら、と思ったのだけど。


 ウィル兄様は、首を横に振った。


「……一人じゃないから……退屈じゃ、ないよ」


「一人じゃない?」


 誰もいないけど。


「友達……ここに、たくさんいるから」


 そう言って、ウィル兄様は花壇の花々へと目を向ける。


 ……もしかして、この花を友達だって言ってるの?

 なんというか、変わってるわね。


「そう……お友達との時間、邪魔して悪かったわね」


 そう言って、私は立ち上がる。


 少なくとも、ウィルの目からは強がりを言っているような雰囲気は感じられなかった。

 要するに、私の余計なお節介だったってわけだ。


 嫌われ者がこれ以上ここにいて、ウィル兄様の時間を邪魔するのもなんだし……さっさと、皇女宮に戻りましょう。


「……笑わないの?」


 そんな私に、ウィル兄様は問いを投げ掛けて来た。


 主語が省かれた質問内容に、何のことかと思ったけど……お花を友達と言ったことかと、一泊遅れて気が付いた。


「笑わないわよ。世の中不思議なことなんていっぱいあるんだから、お花の友達がいるくらい、大したことじゃないわ」


 私なんて、一回処刑されて過去に戻ってるんだし。

 それと比べれば、大抵のことは些事よ、些事。


「お花というか……妖精さん……」


「どっちも一緒よ、私には見えないし。……ああ、でも……その妖精さん達が、私のことをなんて言ってるのかは、気になるわね」


 思えば、私はウィル兄様を手にかけるその日まで、直接何か迷惑をかけた覚えは無い。

 にも拘わらず、私の知り合いで誰よりも私を恐れていたのが、ウィル兄様だった。


 もしかしたら、その“妖精さん”が私のことを嫌っていて、それが原因で……。


「……傍にいると、居心地がいいって……そう言ってる」


「……そうなの?」


 予想とは全く逆の評価に、私としては困惑する他ない。


 いや、お友達がそんな評価をしていたなら、もうちょっと私に歩み寄ってくれても良かったんじゃない?


 まあ……やり直す前の私と仲良くするなんて、ウィル兄様でなくとも無理だったろうけど。


「あなたとよく似て、妖精さん達も変わり者なのね。私にも……見えたら良かったのに」


 もし、やり直す前から見えていたら、ウィル兄様みたいに友達だって言える存在が傍にいたら……私も、あんなことにはならなかったのかしら?


 我ながら意味の無い妄想に噴き出しながら、私はメアの下へ戻るべく踵を返す。


 メアに抱き上げられ、ちょっとだけお小言を頂戴しながら、皇女宮へ帰ろうとして……ウィル兄様が、駆け寄って来た。


「どうしたの?」


 こんな風に走るウィル兄様なんて初めて見たから、正直びっくりだ。


 そんな私に、ウィル兄様はしばし言葉に迷うように口元をもごもごとさせて……やがて、ゆっくりと開いた。


「みんな……レメリア、と……また会いたいって。良かったら……また、来て」


「え、別にいいけれど……私一人で来ても何も分からないから、その時はウィル兄様も一緒にいてくれる?」


「うん……ボク、いつもこの時間に、ここにいるから。待ってる」


 それじゃあ、と手を振って、今度こそウィル兄様と別れる。


 このお誘いは、どういう心境の変化なんだろうって……そう思いながら。


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