皇帝陛下への直談判
さて、ルーラック領を後にして、普通よりもゆっくりと、私の体の状態を見ながら皇都に戻ってきたわけだけど……じゃあ到着したことだし、まずはゆっくり皇女宮で養生しよう、とはならないのが私のやらかしの大きさだ。
そのことについて話をするために、到着早々私はお父様のいる皇宮を訪れていた。
「レメリア様! 私が連れて行って差し上げますから、あまり無理はしないでください!」
「ありがとう、メア。でもこればっかりは、私の果たさなきゃいけない責任なの」
実は帰ってすぐ、護衛の責任者だったグランデルが、私に怪我を負わせた責任を一人で取るとお父様に直訴したという話を聞いたの。
私が怪我をしたのは、私自身の我儘の結果であって、護衛の責任じゃない。
これで彼が近衛をクビになるとか……最悪処刑されるなんてことになったら、死んでも死にきれないわ。
絶対にそんなことはさせない。私がお父様に言って、撤回させないと。
でも……杖をつき、片腕を吊ったまま皇宮まで向かうのは、八歳の身ではなかなかに重労働だ。
ヘロヘロになりながら、それでも何とか辿り着いたその場所。お父様の執務室の前で、宰相のライゼスがいつものように立ちはだかっていた。
「通しなさいライゼス、私は陛下に用があるの」
正直、口で言うだけで通してくれた試しは一度もないし、今回も半ば諦めかけていた。
そうなると、どんな手を打つべきかと、頭を悩ませて……。
「皇女様! ちょうど良かった。陛下と、後ほどお見舞いに行こうと話していたところだったんですよ」
「……は?」
予想外過ぎる返しに、私は唖然とする。
え、何? お父様が、私のお見舞いに? は? どういうこと?
「怪我は大丈夫なのですか? 言ってくだされば迎えの者を寄越しましたのに」
「ええと……通っていいってことで、いいのかしら……?」
「もちろんですとも!」
ニコニコと笑顔で私を出迎えるという、あまりにも違和感だらけで気持ち悪い光景に、私は戸惑うことしか出来ない。
丁寧なエスコートで中に案内されると、大量の書類を淡々と捌きながら仕事をするお父様の姿があった。
……やり直す前、何度も何度もここに入りたいと願っていたけど、こうしていざその時が来ると不思議な気分だ。
でも今は、そんな感傷に浸っている場合じゃない。
「陛下、話が……」
「怪我は、大丈夫なのか?」
運悪く、私の言葉と被るような形で、お父様がそんな言葉を口にした。
心配……してくれてるの?
そんなわけないのに、心の中で少しだけ期待してしまう。
もしかしたら、って。
「問題ありません、一ヶ月もすれば完治すると医者にも言われています」
「そうか……」
書類を処理しながら、顔も向けずに呟く。
やっぱり形だけか、と溜息を吐いていると……お父様が、書類を片付けて何やらメイド達に指示を出し始めた。
はてどうしたのか、と首を傾げる私を、メイドの一人が応接用のソファに案内する。
頭の中が混乱している間に、目の前にズラズラと並べられていくのは、見ているだけで涎が溢れそうなケーキだった。
たくさんのフルーツで彩られたそれは見た目にも綺麗で、ただ眺めているだけでも心が踊る。
ただやっぱり、なんでそれが今ここに用意されたのか分からなくて、私は戸惑うばかりだった。
「……こういったものが好きだと聞いたのだが、食べないのか?」
「……いただき、ます」
よく分からないけど、食べていいらしい。
対面に腰掛けたお父様にじっと見つめられながら、私は目の前に鎮座するケーキにスプーンを伸ばす。
美味しい……はずなんだけど、正直ここに来た理由が理由だし、お父様に今もじっと見られているしで、全く味がしない。
「味はどうだ?」
「え? ……とても、良いと思いますが」
ひとまずありきたりな感想を述べると、お父様は「そうか」とだけ呟いて再び私をじっと見る。
……本当に、何!?
「何か……欲しいものは?」
「はい? えっと、それはどういう……?」
「……ルーラック領を救ったのはお前だと聞いている。その功績を称えて、何か褒賞をと思ってな」
ああ、なるほど。
この人は既存の貴族社会をぶち壊して今の地位を築いてしまったから、信賞必罰の徹底こそを旨としている。
そうでなければ、身分関係なく登用された部下達の統率が取れなくなってしまうから。
つまり……たとえ嫌いな娘だろうと、功績を上げたなら何かしらの見返りを与えないと、示しがつかないんだ。
「でしたら、恩赦を頂きたいです」
「恩赦……?」
よっぽど予想外だったのか、お父様が目を丸くしている。
この人も、こんなに人間らしい反応をすることがあるんだな……なんて、口に出したら不敬じゃ済まない感想を抱きながら、私は頷く。
「はい。グランデル・ソードランドが私の負傷に対して、責任を負おうとしていると耳にしたのですが……この怪我は全て、私の命令と私の判断が招いたこと。彼に責任はありません」
「如何なる理由があろうと、護衛の任を全う出来なかった事実に変わりはない」
「ですから、恩赦を求めています。それとも……ルーラック領の民全ての命より、私一人の身の安全こそを優先すべきだったと仰りたいのですか?」
国のために家族を殺し、皇帝の地位を簒奪した、“鮮血皇帝”であるお父様が。
そこまで口にする勇気は持てなかったけれど、視線だけでその意図は十分伝わったんだろう。
お父様は、諦めたように大きく息を吐いた。
「分かった、グランデルへの恩赦を以て、お前に対する褒賞としよう。多少の罰則は避けられないが、悪いようにはしないと約束する」
「ありがとうございます、陛下」
頭を下げてお礼を口にすると、お父様はなぜか不機嫌そうに眉を寄せる。
その理由が分からず戸惑う私を、お父様はまたじっと見つめ……。
「陛下、そろそろ会議の時間ですよ」
ライゼスの一言で、分かりやすく舌打ちを漏らした。
「今日はもう戻れ」
「あ、はい……何から何まで、ありがとうございました、陛下」
それでは、とずっと待っていてくれたメアの下へ向かい、そのまま部屋を後にする。
そんな私へ、お父様は一言。
「また……いつでも、遊びに来るといい」
「……はい」
その言葉が何を意味するのかは、私には全然分からなかった。




