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結び直した絆

「レメリア様ぁ~~!! 気が付いてくれてっ、よかったでず~~!!」


 私が意識を取り戻して、最初に目にしたのは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったメアの顔だった。

 あまりにもびっくりして、咄嗟に飛び退いちゃったわ。


 まあ、体中痛くて、ロクに動けないまま悶絶しちゃったんだけど。


「あいたたた……!!」


「無理なさらないでください、物凄い大怪我だったんですからね!」


 メア曰く、私は丸三日も寝込んでいたらしい。

 単純に大怪我だったのもあるけど、そこから熱を出して、ずっと意識が朦朧としたままうわ言を呟き、魘されていたんだとか。


 ……全然、覚えてないわ。


「ねえ、メア……私、変なこと言ってないわよね?」


 私には、誰にも言えない秘密がある。

 十五歳で処刑されて、今こうして八歳に戻って人生をやり直している今、魘されながら何か大変なことを口走ったんじゃないかって懸念が拭えない。


 だから、何とかひと安心したくて問いかけたんだけど……メアはイエスともノーとも答えず、更にぶわっと涙を流した。


「……大丈夫です、レメリア様……私は、これから先もずっと……何があっても、レメリア様の味方ですから……!」


 ちょっと、怖いんだけど!? 本当に私何を言ったの? お父様への恨みつらみを吐いて不敬罪に問われそうだとか、そんな話じゃないわよね? 違うって言って!!


「そ、そうだ!! 私のことより、今は魔物のことよ! あれからどうなったの? ルーラック領に被害は!?」


 半ば強引に話を逸らし、私がこんなことになった元凶について問いかける。

 それに対して、メアは鼻を啜りながらも、何とか私が寝ている間にあった出来事を話してくれた。


「魔物は既に掃討され、危険はなくなったと正式に発表されました。グレーターグリズリーが出現したにも拘わらず、犠牲者が一人も出なかったのは奇跡だと……全て、レメリア様のお陰です」


「そう、良かったわ」


 私がここに来た目的は、ちゃんと完遂出来たんだ。

 その事実に、ホッと胸を撫で下ろして……。


「ちっとも良くありません!!」


 メアに、叱られてしまった。


「え?」


「レメリア様が、こんなにもボロボロになってしまわれたじゃないですか! いくら町が無事でも、それを良かっただなんて……私は言いたくありませんし、言って欲しくありません!」


「で、でも……私が動かなかったら、この町は……」


「それでもです!!」


 叫びながら、メアが私の体を抱き締めた。

 怪我に障らないように、そっと包み込むような抱擁が、私の体にじんわりと熱を灯す。


「私も、レメリア様と同じです。私も、レメリア様のことを、もう一人の妹のように思っているんです……! 誰がなんと言おうと、たとえレメリア様ご自身に拒絶されたとしても、もうこの気持ちは絶対に変わりません! ですから、お願いします……もっと、ご自身を大切になさってください……!」


 灯った熱が少しずつ体中に伝わっていき、ニア達に拒絶されてからずっと凍り付いていた心が溶かされていく。


 ずっと忘れていた泣き方を思い出したかのように、私の目から涙が零れ落ちた。


「嬉しい時は、ちゃんと嬉しいと言ってください。辛い時も、ちゃんと辛いと言ってください。全部、受け止めますから。受け止めて、一緒に分かち合いますから……! だからもう、これ以上……一人で抱え込まないでください……!」


「う、うぅ……メアぁ……!」


 メアに釣られるように、私も嗚咽が止まらなくなる。

 心の中でずっと堰き止めていた思いが溢れるように、言葉が飛び出した。


「悲しかった……みんなから、嫌われて……本当は、悲しかった、苦しかった、胸が張り裂けそうなくらい痛かった! でも……全部、私が悪いから……だから私が、何とかしなきゃ、みんなを守らなきゃって……だから……だから……!」


 この気持ちはきっと、今回の件だけじゃない。

 やり直す前からずっと、私はみんなから嫌われるのが本当は嫌だった。

 嫌で嫌で、孤独が苦しくて、悲しくて……それを癒してくれるのはお父様だけだって思い込んで、暴走して……こうして二度目の人生を送れることになった今も、あの頃の記憶が頭にこびりついて離れない。


 私はみんなから嫌われて当然の存在で、いくら願っても、頑張っても、みんな私の下から離れていくんじゃないかって不安だった。


「メア……私の、こと……嫌いに、ならないで……ずっと……一緒に、いて……」


 それだけで、もう……私は、満足だから。


「もちろんです、レメリア様……! 私はいつでも、レメリア様のお傍に……!」


 こうして私は、ずっと……泣き疲れて眠って眠ってしまうまで、メアの胸に抱かれていた。





 一週間もすれば、ひとまず馬車の旅に耐えられるくらいには体も回復した。


 何とか足の骨折はなかったのと、近衛騎士のアフィーが何度も治癒魔法をかけてくれたのが大きかったと思う。


 まだ体はあっちこっち包帯を巻いたままだし、左肩の怪我の影響で腕は三角巾で吊ってるし、足も杖の補助を付けながら歩いてる感じだけど……それでもまあ、何とか回復はしたんだ。


 それまでの間、私は近衛騎士とメア、それに町の薬師以外面会謝絶の状態だったわけだけど……いざ私が皇都に帰るとなったら、町中の人が見送りに来てくれて、正直びっくりした。


 ありがとう、とか皇女様万歳、とか……みんな、満面の笑みで手を振ってくれて……なんというか、照れちゃう。


「「「レメリアさま!!」」」


「ニア……ルル……ミミ……」


 そんな人波を掻き分けて、ルーラック家の子供達が現れた。


 先頭に立つ最年少のニアは、目元に涙をいっぱい溜めながら、私に紙の束を差し出す。


「これ……みんなで、書いたの……お手紙、読んでください」


「うん……大事に、読ませて貰うわね」


「あの、それから……それから……!」


 ぐっと唇を噛み締めて、小さく震えながら……振り絞るように、言った。


「嫌いなんて言って、ごめんなさい……!! 私たちのこと、助けてくれて、ありがとう……!! 私、レメリアさまのこと……大好き……!!」


 ニアのその言葉を聞いて、私はこの体に戻って最初にメアから教わったことを思い出していた。


 ──ありがとうって、レメリア様の口から聞かせて貰いたいです。

 ──悪いことをしたら、ちゃんと謝罪しましょう。


 それが優しい皇女の条件だって言われても、あの時の私にはピンと来なかった。


 でも今初めて、あの言葉の意味が分かった気がする。


 ただの言葉なのに、たった一言なのに……それだけで、頑張った全てが報われた気がしたから。


「私も、ニアのこと大好きよ。……本当に、ありがとう」


 ニアに続いて、ルルとミミも私に謝罪と感謝の言葉を送ってくれた。


 それを最後に、私はメアに抱き上げられるような形で馬車に乗り込んだ。


 見送りに来た人達に手を振り返しながら、ゆっくりと出発する馬車の揺れに身を任せる。


 少しずつ、遠ざかっていくルーラック領に思いを馳せながら……私は、ニアに渡された手紙に目を通した。


 ほとんど、さっき直接伝えられた言葉と変わらない。

 謝罪と感謝が下手っぴな字で綴られたそれに、くすりと笑みを零した。


「あ……メア、これ見て」


「? それは……あやとりですか?」


「ええ、ミミからのプレゼントですって。皇女宮に戻ったら、一緒に遊びましょ」


 手紙の中に挟まれていたそれは、安物の毛糸で輪を作っただけの、飾り気も何もないただの紐。

 それでも……私にとって、生まれて初めての友人達から貰った、宝物だ。


 絶対に無くさないように手首に巻き付けた私は、最後に一つ、四枚目の手紙があることに気づいて、首を傾げる。


 送り主の名前もない手紙だったけど……ニア、ミミ、ルルの三人以外の誰かとなれば、その人物は自然と分かってしまう。


 ──皇女様、色々と酷いこと言って、悪かった。

 俺、絶対に強くなる。強くなって、誰にも負けない騎士になって……いつか、あんたを守れる近衛になってみせるから。

 だから……待っててくれ。


「ふふふ……そっか、ルトスは近衛になりたいんだ」


「えぇ!? あの子、そんなこと言ったんですか!? 全くもう……」


 思わぬ手紙の内容に、メアは頭を抱えている。


 ルトスは、ルーラック家の長男だ、いつかは家督を継がなきゃいけない。

 最悪、弟のルルが次ぐことも出来なくはないんだけど……よっぽど頑張らないと、それは認めて貰えないだろう。


 でも、不思議とバカにする気持ちは湧いて来なくて……そうなったら素敵だなって、そう思えた。


「またいつか、みんなと会えたらいいな……」


「会えますよ、また一緒に行きましょう、レメリア様」


「うん、そうね。その時は、よろしく」


 正直、今回の私のやらかしを考えると、二度目が本当に許されるか分からない。というか、まず今回の件の後始末について、また陛下と一悶着起こさないといけない気がする。


 でもまあ……ひとまず、私にとって絶対に変えたかった未来を、一つ変えられたんだ。


 その達成感を胸に、私はルーラック領を後にするのだった。

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