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ボロボロ皇女と周囲の後悔

「ロール、アフィー!! 皇女様の状態を確認して、応急処置を!!」


「「はっ!!」」


 目の前に立ちはだかる、三体の魔熊と魔狼の群れ。

 それらを牽制しながら、グランデルは叫んだ。


 すぐさま、今回護衛として選抜された中でも治癒の魔法に秀でた二人がレメリアの傍へ向かい、他の五人はグランデルと共に周囲を固める。


 そしてすぐに、二人から報告が飛んできた。


「ご無事です、今のところ、命に別状はありません!!」


「しかし、全身打撲だらけで、特に肩の傷は深く……一刻も早く、落ち着ける場所で本格的な治療を施さなければなりません!!」


 血だらけで倒れている姿を目にした時は心臓が止まるかと思ったが、どうやらまだ生きていてくれたらしい。

 それはひと安心だが、やはりこの場で出来る応急処置でどうにかなる状態でもないようだ。


 八人も近衛がいてこのザマという事実に歯噛みしつつ、グランデルは指示を飛ばす。


「このまま撤退するぞ、皇女様を安全な場所へ……」


「皇女様!? 何を!?」


 女性騎士のアフィーが放つ焦った声色に、グランデルは目の前の魔物のことも忘れて振り返る。


 するとそこには、朦朧とする意識の中で魔法を行使し、己の手足を氷で無理やり地面に縫い留める、レメリアの姿があった。


「私、は……魔物が、いなくなるまで……ここから、一歩も……動かない……!!」


 あり得ない、とグランデルは目を見開く。


 レメリアが、心優しい皇女であることはもう知っている。

 このルーラック領を心から愛し、魔物の出現を聞いて何とか力になろうと考えた結果が、たった一人でこの山へ足を踏み入れるという無謀な行為だったことも理解している。


 そこまでなら、物事をよく知らない子供の暴走だ。

 無鉄砲極まりなく、護衛する立場としては勘弁して欲しいが、好感を抱くだけで終わったはずだ。


 だが……ここまで来ると、もはや異常としか言いようがない。


「私とこの地の民を、騎士の誇りと共に見捨てて逃げるか、魔物を殺して私も民も全てを救うか!! 選択肢は、二つに一つよ!!」


 実際に魔物と対峙して、大怪我をして、命の危機に瀕して、ギリギリのところで助けが入って……その最初の一声が、行動が、これだ。


 とても、八歳の女の子が持っていていい精神性ではない。


「選びなさい、グランデル・ソードランド!!」


「っ……!!」


 二択とは言うが、選択肢などあってないようなものだ。

 事実、魔狼くらいならまだしも……魔熊だけは、自分達が仕留めねばルーラック領が危ないのだから、説得の言葉すらグランデルは持っていなかった。

 やるしか、ない。


「ロールとアフィーの二人は、そのまま皇女様の護衛につけ。他の者は、全身全霊を懸けてこの地の魔物を殲滅しろ!! この怪物共を、これ以上一歩たりとも皇女様に近付けるな!!」


 はっ!! と、威勢のいい近衛達の返事を耳にしながら。

 グランデル達近衛騎士団は、この地を脅かす魔物達を、一匹残らず殲滅するのだった。






 魔物を殲滅した後、実際にレメリアを連れて安全な場所まで帰還するには、しばしの時間が必要だった。


 レメリアが、自身の手足を氷漬けにしたまま気を失ってしまったので、その解凍に時間がかかったのだ。


 何の制御もされず、ただ自分の体を拘束するためだけに張った氷だ。

 危うく凍傷で手足がなくなるところだったと、アフィーは語っていた。


「…………」


 何とか五体満足のまま連れ帰ったレメリアは、町の薬師とアフィーの手で治療され、今はぐっすり眠っている。

 後遺症は恐らく残らないだろうが、危ないところだったそうだ。


「ぐすっ、うぅ……レメリア様……!」


 治療のために用意された医務室にて。ベッドに寝かされたレメリアの傍で、専属メイドのメアが泣き崩れていた。


 そうなるのも無理はないと、グランデルは思う。

 血だらけで、ボロボロで、ほとんど関わりのない自分でも胸が苦しくなるほど痛々しい姿だったのだ。

 まして、普段から共に過ごしているメアであれば、どれほど傷付いたかは想像に難くない。


 そんな彼女に、これを問うのは酷かもしれないが……やはり、どうしても聞かなければならないと、グランデルは口を開いた。


「メアさん、一ついいだろうか?」


「……なんでしょうか」


「……皇女様は、なぜ……あそこまで、自分の命を軽視しておられるのか。一体どのような教育を受けて育てば……あのように、なってしまわれるのか!! 知っていることがあるのなら、教えて欲しい!!」


 責めるような口調になってしまったことを後悔しながらも、一度口にしてしまった言葉はもう取り消せない。


 メアも、そんな疑問を抱かれることは理解していたのか、さほど驚いた様子もなく、ゆっくりと口を開く。


「……レメリア様は、ずっと皇帝陛下……お父上に会いたいと願っておられました。ですが、それは一向に叶うことがなく……」


「…………」


 グランデルは、あまり政治的な話が得意ではない。

 それでも、皇帝ファーガルとレメリアの祖父であるランディ・ゼラ・エスカレーナ公爵が政敵であり、レメリアが微妙な立場に置かれていることくらいは理解している。


 だから、そこまでは特に驚くこともないのだが……。


「そんなレメリア様の気持ちを悪用して、教育係の女が……!! レメリア様に、酷いことを……!!」


 メア曰く、レメリアは教育係のカロラインという女に、洗脳紛いの苛烈な教育を受けさせられたことで、"優しく素晴らしい模範的な皇女"でなければならないという強迫観念に駆られているらしい。


 八歳の少女が受けるにはあまりにも酷い仕打ちに、グランデルも絶句する。


「我儘で、自分勝手で……でもその分、元気で活発な子だったレメリア様が、今はすっかり変わってしまって……優しくて、礼儀正しくて、でも……! 陛下への想いも、自分の願いも、全部蓋をして、周りの顔色ばかり窺っていて……私は、どうしたら……!!」


「…………」


 皇女としては、間違いなく今のレメリアの方が正しいのだろう。

 事実、今回の無謀な行いも、クロシェなどのルーラック領の騎士達を通じて領内に知れ渡りつつあり、多くの賞賛を得られるであろうことは想像に難くない。


 だがそれが、もし"レメリア"という個人の心を殺すことで成り立っているのだとしたら……果たしてそれは、喜ばしいことなのだろうか?


「……さ……ないで……」


「レメリア様?」


 浮かぶ疑問に答えが出るより先に、レメリアの口から声がした。

 まだ、意識は戻っていない。

 悪い夢でも見ているのか、脂汗と共に呻き声を上げ、その言葉を絞り出す。


「私……良い子に、なるから……殺さ、ないで……」


「っ……!! レメリア様ぁ……!!」


 あまりにも重い言葉に、メアが泣き崩れる。

 まるで、今までの己の振る舞いを懺悔するかのように。


「ごめんなさい、レメリア様……!! こんなに苦しんでいたのに、気付いてあげられなくて……!! ごめんなさい……!!」


 しばらくの間、ただメアがすすり泣く声だけが部屋に響いて……悩んだ末に、グランデルは彼女へと声をかけた。


「……少なくとも、メアさん……あなたの存在は、皇女様にとって間違いなく救いとなっていたはずです」


「え……?」


 "理想的な皇女"であることを強制されているのだとしたら、たかがいち使用人でしかないメアを家族と呼び、姉のように慕うのは、決して褒められるような行いではない。

 特に、身分差に厳格なエスカレーナ公爵などは、あまり良い気はしないだろう。


 つまり……何が本音で何が嘘なのか分からない今のレメリアにとっても、メアの存在だけは譲れない一線だという、何よりの証ではないだろうか?


「その教育係は、もういないのでしょう? なら……あなたの支えこそが、皇女様の閉ざされた心を開く、最後の鍵となるかもしれません。反省は大事ですが……後悔よりもまず、今は皇女様の心を少しでも軽くするために、寄り添ってあげてください」


「……はい、レメリア様は、命懸けで故郷と家族を守ってくださったんですから……これから先、一生傍でお仕えして、支えていきます……!! レメリア様が、いつか……本当の笑顔を、取り戻してくださるように……!!」


 もう一度、メアはレメリアの手を取って、付きっきりの看病に戻る。

 それを護衛として見守りながら、グランデルは密かに決意した。


(此度の件、間違いなく私は責任を問われるだろう。だがそれでも、この首が飛ばされる前に、陛下に陳言しなければ!)


 もし、レメリアの固く閉ざされた心を開くことが出来るとしたら、メア以外には一人だけ。

 実の父親である、ファーガル以外にあり得ないだろう。


 政治的な立場など忘れて、ちゃんと娘を愛してやれと、古い友人として忠告するのだ。


(そして……陛下の手で地獄に落とされたら、向こうで今一度その教育係とやらを八つ裂きにしてくれる!!)


 こうして、とっくに処刑されているカロラインの罪業は、更に重くなっていくのだった。

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