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孤独な戦い

 誰にも言わずに一人窓から部屋を抜け出した私は、そのまま魔物が出たっていう山を目指して走った。


 魔法で身体能力を引き上げての、全力疾走。

 私が気付かれるのにそう時間はかからないだろうから、急がないといけない。


 追いつかれて、連れ戻される前に……近衛達を、魔物の前まで引っ張り出すんだ。


「こっちで合ってるわよね……うん?」


 走っていくと、視線の先に男の子を見付けた。


 正直、さっきのことがあったばかりで、あまり会いたくはなかった子……ルトス・ルーラックだ。


「お、お前は……! どうして、ここにいるんだ!? もう出て行ったんじゃ……!!」


「……まだ用があるからね。あなたこそ、こんなところで何をしているの?」


「そんなの、決まってんだろ!! 領民を守るために戦うのが、貴族の役目だ!!」


 ルトスは、腰に剣……ではなくて、訓練用の木剣をぶら下げていた。


 まだ、本物の剣は買い与えられていないんだろう。

 十二歳の子供だし、あまりお金もないルーラック家では、剣はそう安くない買い物だ。

 私のことを抜きにしても、本物を持つにはまだ早いというのも分かる。


 ……木剣でこんな場所まで来てしまうくらい、無謀な子だし。


「あなたはまだ子供でしょう、戦うには早すぎる。……そう言われて、追い返されたんじゃない? クロシェさんあたりに」


「っ……うるせえ!! 追い返されたからなんだ、俺は一人でも戦うぞ!!」


 お前とは違って、と。口に出さずとも、その責めるような眼差しが訴えかけて来る。


 ……少なくとも現状、魔物の"痕跡"が見つかっただけに過ぎず、本当にこの町が、ルーラック領が滅ぶほどの脅威が迫っていることを知っているのは私だけだ。


 近衛が私を避難させようとしているのも、あくまで保険。

 冷静になった今なら、それくらいは理解出来る。


 つまり……ルトスや私のような子供がいくら危機を訴えたところで、よく物を知らない子供が不安がっているとしか思われないだろう。


 それを覆すために、私は今ここにいる。


「あなたが戦うよりも、より確実に領民を守る方法があるわ」


「確実に守る方法……? なんだよ、それ」


「私が山に向かったって、私の護衛達に伝えて来なさい。そうすれば、ここの騎士より遥かに強い人達が、魔物と戦ってくれるはずよ」


「は……? はぁ!? なんで、そんなこと……お前、何考えて……」


 ルトスの目が、困惑の色に染まる。

 どうしてそんなことをするのか分からないと戸惑う彼に、私は小さく微笑んだ。


「楽しかったわ、ここでの時間。……さようなら」


「お、おい!?」


 ルトスを振り切って、私は再び走り出す。

 本当は、クロシェさんあたりに話してから向かうつもりだったけれど……最悪、その場で取り押さえられる可能性もあったし。


 その恐れがないルトス相手に事情を話して、近衛達が山に入る導線を用意出来たのは理想的な結果だ。


 後は、私が自分の役目を果たすだけ。




「ふぅ……着いたわね」


 辿り着いた山の中で、私は一つ息を吐く。

 ここに、魔物がいるはずだ。


 後は……近衛が来た時のために、魔物を引っ張り出すだけ。


「…………」


 手のひらに魔力を集めて、氷のナイフを作り出す。

 それを使って、自分の手首を切った。


 ボタボタと零れ落ちる、大量の血。

 魔物はこの血に惹かれて、ここにやって来るはず。


「さあ、来なさい……しばらく、私が遊んであげるわ」


 オォーーーン……と、狼の遠吠えが聞こえて来た。

 周囲の木々の合間から、私の様子を窺うような殺意の視線が突き刺さる。


 もう十分だと判断した私は、手首をハンカチで縛って出血を止めた。


 両手に氷の剣を作り出し、魔法で全身を強化して……こっちから、仕掛ける。


「はあぁ!!」


 右手の剣を投げ付けて、殺気の主を攻撃。

 これで一体仕留められたら良かったけど……イメージより、私の攻撃が遅い。


 当然のように避けられたのを気配で察して、私は舌打ちを漏らした。


「それなら……」


『ウオォォォン!!』


 私の攻撃を見て、背後から一匹の狼が強襲してくる。

 灰色の毛並み、私の背丈に並ぶくらいの体高、血のように真っ赤に染まった眼。

 魔物と化し、他の生き物を喰い殺すことしか考えられなくなった、哀れで恐るべき化け物──アッシュウルフだ。


 それに対して、私は……両手で一本の氷の剣を握り締め、全身の力を一点に集中する突き技で、背後から飛び掛かってくる魔狼を貫いた。


『グオォ……!?』


 心臓を潰されて、魔狼が即死する。

 頭の上から返り血を浴び、全身が独特の生臭さと生温かさに包まれた。


 ああ……もはや、懐かしさすら覚えるわ。

 命を奪う、この感覚。


 でも、そんな感覚に酔いしれてる場合じゃない。

 ここまでやったら、後はすぐにでも……。


「逃げるッ!!」


『『『オォォォォン!!』』』


 魔狼達が一斉に飛び掛かって来るのを、私はギリギリ掻い潜って一目散に逃げ出した。


 一度目の記憶のお陰で、私はこの体でも魔法が使える。戦える。


 でも、まだロクに鍛えてもいないこの体で、魔物を根こそぎ一人で討伐しきるなんて不可能だ。

 体力も、魔力も、体格だって、何もかもが足りない。


 だから……この山中にいる魔物を引き連れて、近衛が助けに来るまで生き延びる。


 それが、今の私に出来る唯一の戦い方だ。


『グオォ!!』


「くっ……!!」


 追い付いて来た魔狼の牙を回避して、私は風の魔法を使う事で木の上にまで跳び上がる。


 地上を走ることに特化した狼相手なら、これである程度凌げるはず……。


「……と、思いたかったのだけどね!!」


『グアァ!!』


 流石に、魔物相手にここまで単純な手は通じなかった。

 木々を駆け上るようにして迫ってきた魔狼に対し、私は舌打ちと共に手のひらを向ける。


 発動するは、風の魔法。

 突風を起こし、魔狼達を地上へと叩き落とした。


 でも……その隙を突いて、反対側から駆け上ってきた魔狼が一体、私の左肩に噛み付く。


『グルルゥ!!』


「ぐぁ……!!」


 肩を氷で覆って鎧代わりにしたのに、それでも牙が突き刺さった。

 あまりの痛みに涙が出る。視界が滲む。

 でも、ここで動きを止めたら、顎の力で振り回されて喰い千切られる。そうなったら、流石に終わりだ。


 だから、そうなる前に……!!


「あぁぁぁぁ!!」


『ギャンッ!?』


 氷の針を生み出して、魔狼の眼球を貫いた。

 そのまま、頭の中で氷を破裂させて内側からズタズタにし、絶命させる。


 それでも……魔狼は、まだまだ来る。


「っ……!!」


 涙を拭い、痛みを堪え、木から木へと飛び移ることで魔狼から逃れる。


 風の魔法で補助しているとはいえ、こんなアクロバットを八歳の体でやった経験なんてない。

 足を踏み外してしまえば、一巻の終わり。


 肩の痛みでクラクラする頭を叩いて集中を保ちながら、私はひたすら逃げ続けた。


 何とか一度のミスもなく、命を繋ぎ続けて──ふと。


 正面から、濃密な殺意を感じ取った。


「くっ……!?」


 本能のまま、大きく横に向かって飛んだ。

 着地なんて、考える余裕もない。

 派手に地面に落ち、受け身も取れずに転がったせいで、全身の骨が軋む。もしかしたら、どこか折れたかもしれない。


 でもそれより、私が感じた恐怖の正体を確かめようと、顔を上げて……絶望した。


 私が乗っていた木だけでなく、その周囲の木々も一瞬にして全て薙ぎ払われ、地面に深々と三本の爪痕が刻み込まれていたのだ。


「グレーター……グリズリー……!?」


 家よりも巨大な、熊の魔物。小さな町くらいなら一体で壊滅させられることもあるという、強力な個体だ。


 それが、三体。魔狼の群れと向かい合い、牽制しあっている。


「そう……ルーラック領を滅ぼしたのは、あなた達なのね……」


 おかしいとは、思っていた。

 狼タイプの魔物……ましてアッシュウルフなんて、こういった辺境なら年に一度くらいは必ず出現する。

 いくら数が多くとも、それだけでルーラック領が滅ぶなんて考えにくい。


 でもこいつなら……この魔熊が三体もいれば、確かにあの練度不足の騎士団じゃあ手に余るでしょう。


 救援がどうしても遅くなる立地も考えれば、滅んだとしても何の不思議もない。


 目の前で、魔物同士の生存競争を繰り広げる魔狼と魔熊の戦いを見ながら、そう思った。


「っ……ぐ、うぅ……!」


 今のうちに逃げないと、と思うのだけど、体がもう言うことを聞かない。


 短時間で魔法を使い過ぎた事による魔力欠乏。

 血を流しすぎて意識が朦朧としてきたし、肩も足も痛くて動かない。


 肩は分かるけど、足は……着地に失敗した時、捻るか何かしたのかしら。


 どちらにせよ、私にはもう……ここで、縄張り争いの勝者を見届けることしか、出来ないみたい。


「甘く、見てたわね……八歳の、体……こんなに、弱々しいなんて……」


 こんなことなら、記憶を取り戻してからすぐに、しっかり体を動かしておくべきだったかも。

 そうすれば、今よりもう少し、長く粘れたでしょうに。


「後は、もう……祈るだけね。どうか……」


 あの頭でっかちな近衛騎士団長が、この化け物の存在に気付いて……ルーラック領のために、討伐してくれますように。

 そんな言葉を最後に、目を閉じようとして……。


 目の前を、魔法の閃光が駆け抜けるのを見た。


「はあ……ようやく、見付けましたよ……」


 雷を纏う、茶髪の大男。

 全身を覆う鎧がバチバチと紫電を発し、それまで争っていた魔物達が突然の脅威を前に戦闘を止めてしまうほどの圧を放っている。


 近衛騎士団長、グランデル・ソードランド。

 私が、絶対に巻き込もうと考えていた帝国の最高戦力が、私を庇うように目の前に立っていた。


「皇女様」


 魔物との戦い、私の目的の達成。


 二つの意味で勝利を確信した私は、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。

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