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騎士団長の失態

 近衛騎士団長グランデル・ソードランドは、元々しがない男爵家の出身だった。


 実家が貧乏だったために平民との距離が近く、その分だけ皇族の敷く圧政に対して不満を募らせていたところを、剣の腕を買われて皇帝になる前のファーガルに見出される形でクーデターに参加し……その功績を以て、近衛騎士団長に任命されたのだ。


 平民出身のライゼスが宰相で、曲がりなりにも貴族だったグランデルが騎士団長になったのは、シンプルに頭の出来の違いだ。


 賢く頭の切れるライゼスと違い、グランデルは何も考えずにただ剣を振るう方が性に合っている。


 だからこそ今回、久しぶりにファーガルから直々に下された命令が遠出する娘の護衛任務だったことにも、不満はなかった。


 噂を聞く限りでは随分な我儘姫だというが、それで己の職分が変わるわけでもなし、如何なる脅威からも守り抜こうと。


 そして……実際に、護衛対象であるレメリアをこの数日間間近に見たことで、噂など当てにならないものだなと、その認識を完全に改めている。


 相手が平民だろうと差別せず、実際に己の足で領内を回り、畑仕事も自ら率先して体験していた。


 ルーラック家の、まだまだロクな教育も受けていない子供達にも目くじらを立てることなく遊び相手となり、笑顔で接するその姿は、それこそ彼女の母親……ミラスを彷彿とさせる。


 狼の遠吠えを気にしていたルトスの話を聞いて、近衛騎士に調査を手伝わせたいと頼まれた時も、なんと優しい子だろうかと感心したくらいだ。


 とても好感の持てる、優しく愛らしい皇女殿下──だからこそ。


 想像以上の危険が迫っていると知り、いち早く避難させなければという話を、よりにもよってルーラック家の子供達に聞かれてしまった挙句、レメリアに裏切り者のレッテルを貼られてしまったことに、胸を痛めていた。


(失態だ……何の申し開きも出来ない)


 レメリアがどれだけルーラック家の子供達を、そしてルーラック領の民に好感を抱いていたかは、グランデルにもよく分かる。


 そんな彼らにあんな罵声を浴びせられて、さぞ傷付いているだろう。

 せめて、当主であるバードン・ルーラックには詳しい事情を説明して、子供達へ理解を促して貰うしかない。


「──レメリア様、申し訳ございません!!」


 仲間の近衛騎士達に事情を話し、馬車の用意をお願いした後。当主への説明のために屋敷へ戻ったグランデルの耳に、そんな声が聞こえて来た。


 ちょうど、レメリアが寝泊まりしていた部屋の中から響くその声に、グランデルは静かに耳を澄ます。


「私の弟妹達が、レメリア様に酷いことを……!!」


「……メア、私は気にしてないわ。そんなに謝らないで」


「ですが、レメリア様!!」


 どうやら、ルーラック家出身の専属メイドと、先ほどの一幕について話し合っているらしい。

 いっそ不気味なほどに落ち着いた声色のレメリアに対し、メアは酷く取り乱しているのが扉越しにもハッキリと伝わって来る。


「いい、メア? 領内に魔物が出て、私に見捨てられて……今、一番不安と恐怖でいっぱいいっぱいになっているのは、あの子達よ。私のことなんて放っておいて、あの子達のところに行ってあげて」


「そんなわけには!! 私は、レメリア様の専属メイドなのですから!!」


「あの子達は、あなたの家族でしょう? 私なんかより、大事にしないとダメじゃない。……私とあなたは、所詮ただの他人なんだから」


「っ……!!」


 冷たく突き放すようなレメリアの物言いに、グランデルまで胸が締め付けられるような痛みが走った。


 ──私にとっては、その……あなたが……家族、みたいなもの、だし……。


 このルーラック領へとやって来る途中、レメリア自身がメアに向けて口にしていた言葉だ。

 耳の良いグランデルは、馬車の内外に隔たれていてもその内容をしっかり聞いていたし、今も覚えている。


 あの言葉は、その場の勢いで口から出まかせを言ったのではなく、本心からの物だった。


 本気で、レメリアはメアのことを、本物の姉のように慕っていたのだ。でなければ、この屋敷で寝泊まりする場所を、メアの使っていた部屋に指定するはずがない。


 そんなレメリアが、こんな言葉を口にする理由など、一つしかないだろう。


 ……自分と一緒に、メアまでルーラック家の子供達から疎まれるような事態だけは避けようとしているのだ。


(レメリア様は、まだ八歳のはず……だというのに、なぜ……これほどまで、他人のために……己の心を殺せるのだ……!)


「これから、帰り支度があるの。早く出て行って、メア」


 半ば追い出されるようにして、メアが部屋から出て来た。

 打ちひしがれて涙を流すメイドの少女が、ずっと盗み聞きしていたグランデルと鉢合わせ……何を言うでもなく、ただ頭を下げて去っていく。


 残された彼は、一度部屋の中を確認し……ベッドの上で毛布を被って丸くなるレメリアを見て、頭を抱えた。


(俺に……何かを言う資格はない、か……)


 結局のところ全て、己の不用意な発言が招いた事態だ。

 伝えるべき言葉も見つからず、近衛の一人に扉の前で待機するよう命じた後は、バードン男爵への説明のためにその場を離れる。


 その後、馬車の用意が出来たところで、部屋へと戻って来た。


「レメリア様、馬車の用意が出来ました」


 ノックと共に声をかけるが、反応がない。

 何度も呼びかけ、かなり強めにノックをして……それでも物音一つしない屋内に、嫌な予感がした。


「失礼します!!」


 扉を開け、中へと強引に押し入る。

 ベッドの上に、最後に目にした丸まった毛布を見付けて、少しだけホッと胸を撫で下ろし……記憶にあったものと《《寸分違わぬ》》その光景に、まさかと思い手を伸ばした。


「っ……これ、は……!?」


 毛布の中にあったのは、子供の体ほどの大きさの氷の塊だった。

 信じられない物体を前に、グランデルは絶句する。


 ずっと扉の前で待機していた近衛も同じことを思ったのだろう、驚きのあまり目を見開いた。


「なんですかこれは、まさか魔法!? では、本物の皇女様はどこに!?」


「……恐らく、窓から出て行ったのだろう。自らの足でな」


 靴で乗り越えたのだろう、窓枠には真新しい、小さな足跡が残されていた。

 誘拐ではなく、本人の意思で出て行ったのであれば、その行先は……。


「くっ……大失態だ!!」


「だ、団長?」


 壁に拳を叩き付けるグランデルに、仲間は困惑の表情を浮かべる。


 そんな彼に、グランデルは怒鳴りつけるように叫んだ。


「今すぐ近衛を全員集めろ!! 皇女様を探しに行くぞ!!」


「はっ!! し、しかし、探すと言ってもこの人数では……」


「問題ない、向かった先は予想がつく」


 思い出されるのは、ルーラック家の子供達から罵声を浴びせられた直後。レメリアが、グランデルへと問いかけた、あの言葉だ。


 ──ならば、騎士の誇りを懸けて誓いなさい。何時いかなる時も、どんな危険を前にしても、必ず私を守り抜くと。


 言われた時は、意味が分からなかった。

 だが、今なら分かる。あれは、そう……ファーガルが皇帝となる前、クーデターを起こすと打ち明けた時の目と同じ。


 何があっても決して退かないと、戦う覚悟を決めた者の目だ。


「魔物が潜伏している山の麓……ルーラックの騎士団が集まっている場所だ!! 杞憂ならばそれでいい、だが、もしかしたら皇女様は……!!」


 己が身を魔物の餌として、ルーラックの民を守るつもりなのかもしれない。

 そんな最悪の予想を抱きながら、グランデルは走り出すのだった。

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