本当の家族
近衛騎士の一人と、現地の騎士団が協力して、周辺の山を調査することになった。
正直この時点で、私の役目は終わったと言っていい。
早い段階で魔物の痕跡が見つかれば、それこそ私の滞在中にグランデル達が協力して対処して貰うことも出来るしね。
そんなわけで、肩の力が一気に抜けた私は今、ルーラック家のお屋敷でメアの弟妹達と手遊びをして暇を潰していた。
二人以上で決まった手の動きを繰り返して、ちゃんと完走出来れば成功っていう、シンプルな遊び。
子供なら誰でも知っていて当然、という体で誘われたけど、二人以上での遊びなんて何一つとして経験のない私には、全く未知の経験だ。
なかなか上手く行かなくて、失敗を繰り返してしまう。
「あははは、姫さま、へたっぴー」
「わ、悪かったわね、初めてなんだから仕方ないでしょう!?」
「へっへっへー、俺たちでお手本見せてやんよー」
私と同い年の女の子、二アに笑われて膨れっ面になっていると、一つ歳上のルルが、二アと一緒に手遊びを披露した。
私とやる時とはまるで違う、アップテンポの凄まじいスピードで歌を歌いながら、リズミカルに手を叩く二人の姿に、私はぎょっと目を丸くする。
「──と、こんなもんよ!」
「す、すごいわね……私にはとても真似出来ないわ」
「お姫さまも、練習すれば出来るよ。ねえ、もーいっかいやろ!」
「分かったわ、今度こそ……!」
この子達は、下手な私を笑いはするけど、不思議とバカにされている感じはしないし、上手く行くまで何度でも私を誘ってくれる。
それが何故だか嬉しくて、何度も何度も夢中になって挑戦して……十回目のトライで、私は二アと一緒に手遊びを完走することが出来た。
「やった……出来たわよ! 出来てたわよね、私!」
「うん! お姫さま、上手ー!」
二アがぱちぱちと拍手してくれるんだけど、何だか照れ臭い。
そうしていると、今度はルルが私の前で両手を広げる。
「よーし、じゃあ今度は俺とやろーぜ!」
「分かったわ、やりましょう」
けど、二アと違ってルルには初心者への優しさというものが全くなかった。
ようやく一度成功したばかりの私では到底ついていけない速度で手を動かすルルを前に、早々に脱落した私はガックリと肩を落とす。
「うぅ……全然出来る気がしないわ……」
「はははは! お姫さまは、まだまだしゅぎょーが足りないな! 俺に勝とうなんて十年早……あだっ!?」
「こーらっ、ルル! 皇女様に意地悪しちゃダメでしょ?」
どこからともなく現れたのは、ミミ。十歳の女の子だ。
メアが皇城勤めのメイドになり、更にはその縁で双子の姉に揃って縁談が舞い込んだことで、この歳にしてお姉さんとしての自覚が芽生えたしっかり者らしい。
そんなミミは、ルルに一通り説教をした後、私に向かって一礼する。
「皇女様、うちの弟が失礼しました」
「いいのよ、一緒に遊んでいただけなんだし、気にしないで」
メアに習ったのか、あるいはメアと共通の先生でもいるのか。貴族式の礼が意外と様になっている。
意外と、と言ったら失礼かしら? でも、ルルや二アは全然貴族らしい礼儀も何もないことを考えると、よく頑張っているんだなって思う。
「良かったら、ミミも一緒に遊ばない? 私、知らないことだらけだから、あなたにも色々教えて欲しいわ 」
「で、でしたら、そうですね……一緒に、あやとりしませんか?」
「あやとり?」
これまた未知の遊びに困惑する私に、ミミが丁寧に教えてくれた。
何でも、毛糸を編んで作った輪っかを指に通して、色んな形を作る遊びらしい。
……正直、イメージが出来なかった。
「やってみましょう。皇女様、この紐を、こうやって指に通してください」
「……こうかしら?」
「そうです! そしたら次は……」
大きな紐を私とミミの二人で共有して、お互い順番に相手の手のひらにある紐へ手を伸ばし、指を通していく。
手遊びの時も思ったけど、この子達の遊びは自然と相手の手に触れて、自然と協力して進むものが多い気がする。
誰かに触れられることも、誰かに触れることも滅多になかった私には、なんともこう……くすぐったい気持ちになるわね。
「──ほら、出来ました! ちょうちょさんです!」
「わぁ……」
そうしていくと、私とミミの間には、確かに大きな蝶々みたいな形になった紐が出来上がっていた。
可愛いかと言われればそうでもないし、著名な芸術家が作った作品だって見た事がある私からしたら、何とも子供騙しで稚拙なものに違いない。
でも……そんな子供騙しの蝶々が、なぜか不思議と私の心を震わせる。
「こんなものが作れるなんて、ミミはすごいのね。尊敬しちゃうわ」
「そ、そんなの褒めすぎですよ! こんなの覚えれば誰だって出来ますから!」
あまりにも分かりやすくハッキリとした照れ顔を浮かべるミミに、思わず笑みを溢しながら。
私は子供達とのひと時を、存分に楽しむのだった。
夜。ルーラック家の食堂で、私も一緒に食事を摂らせて貰えることになった。
メイドの自分が同じタイミングで食事なんて……とメアは遠慮していたけど、今この瞬間くらいはメイドとしてじゃなく、ルーラック家長女として接して欲しいと頼んで、何とか同じ食卓を囲むことに。
「お姫さま、これ美味しいよ!」
「こっちも食べてみなよ!」
それが嬉しかったのか、二アとルルの二人が私の傍から離れない。
あれを食べてこれも食べてと料理を次々押し付けられて、流石にお腹がはち切れそうだ。
「こらぁ! 二人とも、皇女様が困ってるでしょー!」
そんな二人をミミがひっぺがし、自分の席に座らせている。
今日一日だけで何度も見た光景に、くすりと笑みが溢れた。
もっとも、皇女の前で取る行動としてはミミの態度も大概だから、バードン男爵やララレイ夫人、それにメアも慌てていたけれど、気にする事はないと目で伝える。
「大丈夫よ、どの料理もとても美味しいから、いくらでも食べられそうだわ」
味はともかく、いくらでも食べられるっていうのは大嘘だけどね。
ただ、そんな私が気に入らないとばかりに、長男のルトスはふんと鼻を鳴らしていた。
「何が美味しいだよ、皇族はお城で俺達よりずっと良いもの食べてるんだろ? 適当なこと言ってんじゃ……!?」
ルトスの言葉が、途中で不自然に途切れる。
見るからに痛みを堪えているその様子と、すぐ隣に座るメアを見れば、まあ私に見えないテーブルの下で“お仕置き”があったのだろうと容易に推察出来た。
「何すんだよ姉ちゃん!」
「あなたは少し静かにしてなさいルトス!」
別に、嫌味を言われたことは何とも思っていないんだけど、ルトスの態度には少し引っ掛かる。
両親からも、メアからだって散々気を付けるように言われてるでしょうに、どうしてそこまで……。
「くそっ、姉ちゃんはあんな奴の味方すんのかよ……」
……ああ、なるほど。
「ルトス、あなた、メアを私に取られたと思って妬いてるのね?」
「ぶっ!? そ、そんなわけないだろ!!」
ガタガタッと椅子から転げ落ちそうなほど驚くその反応を見れば、図星なことは火を見るよりも明らかだ。
必死に隠そうとしているけど……私の目は誤魔化せないわよ、だって。
私も、ずっと……お父様を妹に取られて、同じような感情を拗らせてたから。
「メア、ここにいる間は私のことなんて忘れて、ちゃんと家族に構ってあげて。特に、ルトスにはね」
「は、はい……ありがとうございます、レメリア様」
「だから、違うって言ってるだろーー!!」
困惑するメアと、憤慨するルトス。
ルルとニアは小生意気なルトスが見せる思わぬ態度にからかいの眼差しと声を向け、ミミはうるさいと注意してる。
バードン男爵は頭を抱え、ララレイ夫人も困ったように笑っていて……。
そんな騒がしい一幕に、ああ、これが本当の家族なんだなって……そう思った。




